| 「フレンチドレッシング」 著者:T-2nd 2004.03.26 |
「お前ら、ほんまに仲がええのう」
放課後の教室。いつもの三人。
トウジが言っているのは特定の出来事についてではない。小休止した雑談を再開させるときの、
お約束の話題だ。
「そんなことないよ」
「よくいうよな」
僕は否定するが、二人は呆れる。最近はいつもこうだ。
二人から見ればそう見えるのも、分からなくはない。
だけど、他の人――洞木さんなんかが見れば、決してそんなことは思わないだろう。
と、そこへ声がかかった。
「シンジ、帰るわよ」
「そう」
「あんたも来んのよ!」
二人はニヤニヤ笑っている。僕の気も知らないで。
アスカは僕の二歩前を歩く。
頭の後ろで手を組んで、鼻歌まじり、意気揚々と。
僕は自分のカバンを肩にかけ、彼女のカバンを右手に持つ。
こういうのは、仲がいいとはいわないと思う。
初夏の六月、午後二時。風もほとんどなく、蒸し暑い。
歩くとどうしても汗をかいてしまう。
アスカのYシャツが白く輝いて見えた。彼女は暑くないのだろうか。
不意にアスカが振り向いた。
僕を頭から足元まで、ジックリと眺め回す。
「あんたって本当に冴えないわよねえ」
そんなことない、と思う。
だけど、言ったって無駄だ。
「何とか言ったらどうなのよ」
「べつに……」
「…つまんない男」
前を向いて歩き出した。顔は見えないが、機嫌が悪いのが分かる。
しばらく無言で歩く。
ふと、アスカが口を開いた。
「お茶するわよ」
僕の二歩前で、前を向いたまま宣言すると、彼女の行きつけの店に進路変更。
「いいよ、べつに」
声を出すのも億劫だが、一応引き止める。
しかし、無駄なのだ。
「いいから来なさい。それとも、私の荷物を持って逃げる気?」
僕は首を横に振った。視線は彼女の足元。
彼女はさも当然といった風にうなずくと、再び歩き出した。
カランカラン…。
ドアベルを鳴らして店に入る。ここはエアコンが効いてて嬉しい。
アスカは迷わず窓際の席に陣取った。
「さっさと座りなさいよ」
うるさいなあ。
僕も彼女の向かいに座る。僕の左手は、通りに面したガラス窓。
店の入り口は僕の背後になる。
「私は紅茶。アンタは?」
「僕も」
ウエイトレスが下がる。
「アンタって主体性が無いわねぇ」
「アトピーでコーヒー飲めないの知ってるだろ?」
嫌々答える。
確かに、君から見たら、僕はノロマで頭が悪いでしょうけどね。
居心地が悪い。
僕は人の多いところが嫌いなのだ。
騒々しいし、一応は人の目を気にしなきゃなんないし。
アスカときたらその逆で、人付き合いを物ともせず、
他人の注目を集めるのが大好き。だから、窓際。
だいたい、彼女は僕がこういう所が苦手なのを知ってて、ここへ連れて来ているのだ。
こんなの、仲がいいわけないじゃないか。
特に話す事なんて無かった。だから、僕から話を振るなんてことは無い。
もっとも、僕は誰に対してもそうなんだけど。
「…それでね、ヒカリが…」
彼女は優雅に紅茶を飲みながら話し続ける。
テーブルマナーに限らず、彼女の立ち居振る舞いは洗練されていて美しい。
しばし、見とれてしまった。
こういうのは何処で身につけるんだろう。
普段から見られることが大事。どこかの芸能人の言葉を思い出した。
「…で、私が…ってアンタ、聞いてんの!?」
「ん?うん」
「本当?じゃあアンタはどう思う?」
「どうって…」
聞き逃したけどさ。聞き漏らしちゃいけないような、重要な話じゃなかったでしょ。
「べつに…。特にどうとも」
「あんたねえ」
アスカは本気で怒り始めたようだ。
迷惑してるのはこっちなのに。
「いい加減にしなさいよ!私と話してるってのに、さっきからずっと!」
僕は沈黙を守った。特に言いたい事など無いのだ。
「一日中シケた顔して!」
半分以上は君のせいだ。
「ほんと、加持さんとは大違いよ!」
「あたりまえだ」
間髪入れずに、そう言った。怒鳴りつけるつもりだったが、かすれた小さな声しか出なかった。
立ち上がって千円札をテーブルに置き、僕のカバンだけ持って出口に向かう。
背後から怒鳴り声が聞こえた。
「バカ!!」
無視して店を出た。
そとは夕陽で赤く染まっていた。
早く帰ろう。
やりたいことなんか何も無い。とにかく、一人になりたかった。
家に帰るため、夕陽に向かって歩く。まぶしくて目を開けていられない。
耳に残る彼女の言葉。
加持さんとは大違い。そんなこと…。
加持リョウジ。
僕らの通う中学校の教師。まだ20代。
容姿が良くて、話も面白く、やさしい先生だ。
あの人からは、大人の余裕ってやつを感じる。
僕が加持さんのように動けるはずが無い。
だったら加持さんを誘えばいいんだ。初めから“荷物持ち兼ひまつぶし相手”ぐらいにしか
思ってないくせに。
僕は何も悪くない。それなのにアスカときたら。
こんなときは早く寝てしまうに限る。
家に帰ると、自室のベッドに身を投げ出し、音楽をかけて目を閉じた。
翌日。
アスカは僕に話しかけてこなかった。
最近にはめずらしいことだが、平穏なる日常がついに戻ったという事かもしれない。
この方がいいのだ。僕にも、彼女にも。
「碇君。ちょっといいかしら」
洞木さんから話しかけられた。
「大事な話があるから、昼休みに体育館に来て」
「はあ」
「絶対来てね」
昼休み。人のいない体育館。
洞木さんはおもむろに話し始めた。
「昨日、何があったの?」
そんな漠然とした質問には答えようがない。
「アスカがね、昨日の夜、様子がおかしかったんだけど、
なにか知らない?」
彼女がどういう答えを求めているのか分からないので、僕は何も言わない。
外は照りつける太陽でまぶしいのに、照明のついていない体育館は薄暗い。
ひんやり涼しくて、とても静かだ。
明日もここに来ようか。そんなことを思う。
「聞いてるの?」
洞木さんが苛立たしげに問う。
とりあえずうなずく。聞いてはいるのだから。
彼女は値踏みするように僕の顔を見ていたが、ゆっくりと話し始めた。
「昨日ね、6時過ぎてからアスカが家に来たんだけど、ずっと泣いてるの。
理由は言わないんだけど、よっぽどつらいことがあったんだと思うの。
碇君、昨日一緒に帰ったんでしょ?」
アスカが悲しくて泣く?想像できない。
「特に何もなかったよ」
いつも通り。彼女が、言いたい事を言っていただけ。
「そう…。
できれば、アスカと別れるところまで、詳しく教えてくれないかな」
「いいけど…。
ええと、教室でトウジとケンスケと話してたら、アスカが『帰るからついて来い』って。
喫茶店に寄ってから帰った」
「別れ際はどんな様子だった?」
ええと?
「怒ってたのかなぁ」
「怒ってた?何について?」
「…僕に?」
洞木さんは業を煮やして僕に詰め寄る。
「どういうこと!?もっと詳しく!」
ええっと、だから……何があったっけ。
「たしか、僕が話を聞いてないって怒り出して、
不愉快なことを言うから、僕は先に帰ったんだ。
彼女が悲しいわけないよ」
泣きたいのは僕のほうだったんだから。
「碇君のせいじゃない!」
洞木さんは両手を握り締めて怒鳴った。
「一人残して帰っちゃうなんて信じらんない!」
無理やり連れてく方が信じらんないんだけど。
「まったく、どうしてそういうことができるのかしら」
なんだかエキサイトしてるし、離れた方がいいだろう。尋問も終了したみたいだし。
洞木さんをおいて校舎へ向かう。
「待ちなさい!」
「まだ、なにか?」
「アスカに謝りなさい。今すぐ!」
「なんで?」
僕は自然に訊ねたのだが、洞木さんはそれが気に食わないらしい。
「女の子を泣かせて何も感じないなんて、最っ低」
「だから、僕は何も悪いことしてないだろ。
会話を打ち切られて、荷物を持たされて、行きたくない所を連れまわされて、
侮辱されて、席を立ったらバカ呼ばわり」
洞木さんは顔を真っ赤にして怒っている。
僕はまだ言い足りない。
「いい迷惑だよ」
パァン!
痛烈な平手打ちをして、彼女は走り去った。
やれやれだ。僕が何したっていうんだよ。
放課後。6時間目の授業の後、めいめいが部活や塾へ向かう。
僕はといえば帰るだけ。早く帰って、ゲームをやりながら刑事ドラマの再放送を見なくっちゃ。
帰り際、1階の職員室前を通ると、先輩が出てきた。
「シンジ君じゃない。どうしたの?顔」
成績、学年一位。細身の美人。素敵な人だ。
「女の子にぶたれちゃいました」
僕は苦笑いしながら答えた。
この人に対してだけは気楽に話ができるのが、自分でも不思議。
「あら、それは聞き捨てならないわね」
ニヤッと笑って僕をうながす。
僕達は校舎の屋上へと向かった。
午後3時をまわり、屋上は西日で黄色く照らされている。
南風になびく髪を押さえながら、先輩が言った。
「確かに。あなたから見れば、あなたは悪いことをしていないのかもしれないわね」
僕はうなずいた。だが、先輩は続ける。
「でもね、彼女の気持ちを考えてあげて欲しいの。
そして、できれば、あなたから接してあげられないかしら」
「アスカが何を考えてるかなんて、分かるわけありませんよ。
接しろと言ったって、何をどうしろと?」
どうしても口調がぶっきらぼうになってしまう。
「昨日、彼女は何故、そういうことをしたと思う?そういうことを言ったと思う?」
質問に答えず、質問を返す。教師の常套手段だ。
「さあ?」
小さく口にした。
たったいま、分らないって言ったばかりなのに、なんでそんなことを聞くのか。
「アスカちゃんは、あなたのことが気になってるんだと思うの。
月並みな言い方をするなら、好きなのよ。きっと」
「ハハハ。まさか。
歩いてるだけで、“冴えない奴”なんて言われたんですよ?」
自分で言ってて悲しくなってくる。
先輩は困惑気味だ。
「う〜ん、まあ、屈折した愛情表現というか…。
照れ隠しなんじゃない?
だいたい、嫌いなら話しかけたりしないわよ」
愛情表現……。
「あれが愛だというのなら、僕は愛なんかいらない」
僕はそう吐き捨てた。
先輩から表情が消えた。刺すように僕を見つめる。
しばしの沈黙。
そして、低い声で訊ねられた。
「あなたにとって、愛ってなに?」
答える義務などない。
「それじゃ」
僕は話を一方的に打ち切って、屋上を後にした。
その夜。
自室のベッドに仰向けになって、言われたことを考えてみた。
先輩の鋭い視線が頭から離れない。
電球の電気スタンドだけつけて、部屋を暗くしてある。明るくもなく真っ暗でもないのが、
考え事をするときにちょうどいい。
僕にとって、アスカはどういう存在だろう。
一月前に、同じクラスに転校してきた女の子。
明るくて、元気で、頭が良くて、声が大きくて、自分勝手で。
彼女が僕を好き?
それはないと思う。
僕は?
彼女が好き?
彼女が嫌い?
彼女なんかどうでもいい?
分らない。ちょっと考えたぐらいで分かるもんか。
アスカの嫌いなところ。
ものすごく強引なところが嫌いだ。
僕の話をロクに聞いてないんだよ。僕だったら…。
僕は……?
アスカの好きなところ。
そんなものがあったろうか。
突然脳裏をよぎる、すばらしい笑顔。
だが、最近は見ていない気がする。記憶にあるのはいつのことだろうか。
転校してきた日に、たまたま公園で会って、それで…。
「あなた、たしか同じクラスだったわね」
「え?ああ、うん。碇です。」
「何してるの?こんなとこで」
もっともな疑問だろう。学校から離れた公園で制服のまま、ぼうっとしてるんだから。
「何にも。しいて言うなら、昼寝かな」
「こんなに明るいのに?」
「昼に寝るのが昼寝。合ってるでしょ。
君こそ、どうしてここに?」
「色々と手続きがね。
待ち時間が長いから散策してたんだ」
そう言って、隣に腰をおろした。
どうぞ、と僕は未開封の缶コーラを差し出す。
彼女は小さく会釈して受け取った。
プシュッ。
コクリ。
一口飲んだ彼女は顔をしかめた。
「あま〜い」
思わず僕は笑い出してしまった。
甘くて顔をしかめる人がいたなんて。
「なにがおかしいのよ」
彼女はちょっとむくれてみせた。
不思議と、あのときはお互いに自然体で話せた。
それなのに。
たった一ヶ月。
おかしくなったのは、いつからだったろうか。
彼女が加持さんの話を頻繁にするようになってからなのかもしれない。
曰く、加持さんはカッコいい。曰く、加持さんは優しい。曰く、加持さんは大人。
「それにひきかえアンタは」
「何やってるんだろうね」
誰もいない部屋で一人つぶやいた。
次の日。
教室に入ると、すでにアスカが来ていた。
僕はアスカの席の正面へまわった。
「おはよう」
自分で言うのもなんだが、ぎこちない挨拶だ。
「おはよ」
そう言うと、アスカは僕を一瞥して席を立った。そのまま教室を出て行ってしまう。
僕は呆然とその背中を見送った。
怒っているというより、明るさが消えてしまった、そんな感じだった。
無表情。目が死んでいる。
昨日からこうだったろうか。
洞木さんの話は本当だったのかもしれない。
一時間目が終わると、僕は一つ上の階に上がった。
3年3組に入って先輩を探す。窓際から二番目の列にいた。
「昨日の事なんですけど」
僕は前置き無しで話し出した。
「考えてみました。
でも、よく分かりません」
先輩は表情を出さない。ただ黙って僕の目を見ている。
「ただ、少なくとも、僕は彼女を嫌いじゃないです」
そう言ってから、自分でうなずく。
「彼女のことは彼女に聞いてみます。
自分のことは、もう少し考えてみますね。
…もう、くじけそうですけど」
先輩は少しだけ表情をゆるめた。
「それでいいと思うわ。
時々でいいから考え続けてみてね」
はい、と答えて教室を出た。
これでいいのかよく分からないが、とりあえず、しばらくはこの決意を維持しようと思う。
あっ、一昨日のことを謝ってなかった。
……謝るべきか?僕、悪くないけど。
「深刻に考えちゃダメよ」
教室から上半身だけ出して、先輩が声をかけてくれた。
振り向いてうなずく。
話をよく聞いてなかったことと、先に帰っちゃった事を謝ろう。
で、僕に言ったことは謝ってもらおう。
考えをまとめると、僕は階段を下り始めた。
僕にしかできない事なんてないけれど、僕にだってやれる事はいっぱいあるはずだから。
終わり
【僭越ながらドラえぽんのコメント】 ぬっはっー!もう思春期まっただ中って感じですね。描き方がうまいッスねー、まるで中学生日記の一話を切り出したような読み口です。 というわけで、T-2ndさん投稿第二弾ありがとうございます(^ ^ このくらいの年代の頃は女の子の気持ちってさっぱりわかりませんよね。まあ今もわかってるとは言えませんが(^ ^; わからないとついネガティブな思考へ流れてしまって、それが真実だと思いこんで相手を傷つけてしまったりするんですよね。特にはねっかえり(ばきっ)のアスカ様が相手ではシンジ君が訳わからないのも無理からぬ事でしょう。 こういう経験から学んだり忘れたり繰り返しながら少しずつ成長するんですよね。シンジ君、まだまだ青いのうw この作品を読んでて、あの頃の妙に密度の濃かった思春期時代を思い出してしまいました(・´д`・)←かなり恥ずかしい 読者のみなさんも昔をふと思い出してしまったんじゃないでしょうか。 さあ、素敵な作品を書いてくれたT-2ndさんに是非ともご感想を! T-2ndさんへのご感想はこちらへお願いします。 または感想掲示板へもお気軽にどうぞ。 |
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