にじ








雨が降る。


雨が降る。


やまない雨は降り続く。


終わらない雨が僕らの街を、僕らの心を湿らせていく。


終わらない夏に降り続ける雨。
この街に降る雨は一度降ると長い間降り続ける。


まるで僕らの心に降る雨のように。







「ふうっ・・・」

僕は無意識にため息をつく。
明日はクリスマスイブだというのに雨が止む気配はない。

イブだからといって特に何があるわけでもないが、なんとは無しに憂鬱になってしまう。



ふと窓辺へと目を移す。
そこにいるのは膝を抱えて無表情に外を眺める彼女。

彼女は今日も一言も喋ることはない。
せつなそうな眼差しで雨の降り続く街を眺めている。

彼女の声を最後に聞いたのは一体いつだっただろうか。
こんなに近くにいるのに、僕らの距離は果てしなく遠い。









どのくらいそうしていただろうか。雨を見つめていた彼女が唐突に呟いた。

「ねえ、虹を捕まえたら幸せになれるって知ってる?」


突然聞いた久しぶりの声に少し戸惑いながら答える。

「虹?」


遠い目をする彼女。

「そう、昔からの言い伝え。」


馬鹿馬鹿しい。虹なんて只の光の乱反射だ。近づいてしまえば消えてしまう。捕まえられるはずがない。
でも、彼女がそんなこと知っていないはずが無いのに。

心の中でそう呟きながら彼女を見やる。
そして僕はハッとする。

彼女の瞳は限りなく純粋な青。その深い青はまっすぐに僕の姿を映していた。




しとしとと降る雨。

彼女は濁りのない瞳でつとつとと雨を見ている。

「明日はきっと虹が見えるわ・・・」



彼女はそれから一言も言葉を発しなかった。

僕は彼女へ話しかけようと何度も逡巡する。
しかし、どうしても超えられない壁。僕がいつも乗り越えられない壁。
今日も壁は厚く、そして高かった。



















イブの今日も雨は降り続く。
彼女の言うように今日は虹が見えるのだろうか?

クリスマスイブに虹。きっと素敵な取り合わせなのだろう。
彼女の為にも虹が出て欲しい。

でも、止まない、雨。



今日も一言も発せずに空を見続ける彼女。
僕もそれを見続ける。


突然彼女が立ち上がる。

「虹を、見てくるわ・・・」


虹?こんなに雨が降っているのに?
僕はいぶかしげな表情で彼女を見る。

彼女の純粋な程に真剣な瞳。彼女の透き通るような青い瞳は何を映しているんだろう?


そして彼女は振り返ることもなく家を出ていった。


















「何処へ行ったんだろう?」

あれからどのくらい時間が経ったのだろうか。
彼女が帰ってくる気配は無い。

彼女が出ていった様子を思い出す。

忘れられるほど遠くない記憶の中、彼女が同じように突然いなくなった時の事を思い出した。
背筋に冷たい汗が流れる。

また彼女が居なくなる?

また彼女を失う?

そんなの、二度と・・・耐えられない。

すぐに彼女の後を追わなかった事を後悔しながら僕は立ち上がる。




彼女は何処へ?

何処へ?

何処


冷たい雨の降る街中を宛もなく走り回る。

彼女は居ない。

雨が僕の心も冷やしていく。





冷えた心が少しでも暖かい場所を求めていた。
僕の心がそこへ向かう。

僕等の思い出の場所。彼女との数少ない暖かい思い出の一つ。

あの公園へ僕は向かう。





そこへ着いた瞬間我が目を疑う。
いや、予感はしていたのかもしれない。
その予感が当たったことに驚いた。



雨の中、丘の上で傘も差さずに空を見つめている少女。
そのせつないまでに真剣なまなざし。


それを遠くから見つめるだけの僕。


彼女は何を求めて居るんだろう。



ふと、世界を支配していた雨の音がその支配を緩めていく。

雲の隙間からうっすらと零れてゆく光のカーテン。


その薄い光に僕は目を細める。

この光が僕らの心を覆っている厚い雲も一緒に取り除いてくれはしないだろうか。そんな事を考えて一人苦笑する。




そして終わらない夏の日差しを身に纏う、燃えるような太陽が顔を覗かせる。
まるでかつての彼女のような太陽。

そして彼女に照らされた雲の隙間からは虹。

彼女の待っていた虹。
七色に輝くそれは、まるで僕を何処かへ運んでくれる橋のようだ。




ふと視線を下ろすと、彼女は先ほどと同じ格好で空を見続けている。

日が差すに連れて、きらきらと虹色に輝く濡れた肢体。

まるで彼女自身が虹になったような美しさに目を細める。



ふと彼女の言葉を思い出した。

『虹を捕まえたら幸せになれるって知ってる?』


彼方から虹を超えて来た彼女。
あそこにいるのは虹そのものなのかもしれない。


そう、彼女が、僕の虹だ。





僕はゆっくりと近づき、逃がさないように虹をそっと捕まえた。
そして二度とこの手から虹を零さないように力を込める。



僕はやっと虹を捕まえたよ。
君の言う通り、これできっと幸せになれるよね。


彼女に向かって囁く。





そして彼女が僕の手に触れてそっと呟いた。


「アタシも・・・やっと虹を捕まえた。」






(終わり)








一応、アフターEOEものだったりします。
傷ついて臆病になった二人はお互いへの壁を踏み越えられません。
虹が彼らの架け橋になってくれれば良いな、と思って書いてみました。
えーと、そういえば名前が一切出てきません。

・・・・・・メリー・クリスマス!w

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