ぼうねんかい





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アスカが日本人だったら、こんな感じだろうなあ・・・



彼らの目の前にはコンパニオンが30人、ずらりと並んでいる。
これだけの数が集まると、なかなかどうして壮観である。周囲の同僚達からはそれはもう盛大な歓声が上がっていた。


しかしシンジは全く興味が沸かず、一瞥をくれただけで窓の外のぼんやりと明るい庭園を眺めていた。
もちろん他の女性をジロジロ見るような事をしたら妻に悪い、という気持ちもある。
だが、妻以外の女性に興味が沸くはずがない、という気持ちが大半だった。


しばらく彼がぼんやりとしていると、いよいよ場内が盛り上がってきていた。
女性達が挨拶を済まし、それぞれに散らばっていったようだ。至る所で男の野太い歓声が上がっている。


ふと気が付くと、座っている彼の目の前に細身の女性が立っていた。

シンジはゆっくりと視線を正面へ戻した。
そこにいたのは、体にフィットした服を着た女性。赤い色の薄手の生地に中華的な模様が入っている。
ふとももには深いスリット。確かチャイナドレスと言っただろうか。
なかなかスタイルの良い女性である。しかし特に興味はない。

そしてぼんやりと彼女の顔を見た彼の視線はそこで凍り付いた。


アスカに似ている・・・
ストレートの黒髪で黒い目。彼の大好きなアスカの色では無いが、顔立ちやどことなく気品のあるたたずまいなどそっくりである。そのエキゾチックなたたずまいに、シンジはいけないと思いながらもついつい見とれてしまっていた。


「こんばんは。お兄さん、お名前は?」

「シンジ。・・・碇シンジです。」

声ももちろん全く違うし、話し方も違う。
しかし、まるでチャイナドレスを着た妻がそこにいるようだ。


「失礼します。」

彼女はにこっと笑い彼の隣へと腰を下ろす。

シンジはなるべく隣を見ないようにと思うのだが、ついチラチラと彼女のほうを伺ってしまう。
シンジと目が合うと、彼女はにこりと笑った。
まるで大好きなアスカの笑顔を見るようで、彼は真っ赤になってしまう。


「シンジ君、可愛いのね。お姉さん、ぐっと来ちゃうわ。」

そんな事を言いながら、突然彼女が腕を組んでしなだれ掛かってくる。
シンジはやわらかい感触にでれっとしてしまいそうになるが、その瞬間アスカの悲しそうな顔が目に浮かぶ。


「駄目です、やめてください!ぼ、僕には愛する妻が!」

彼は思わず立ち上がって叫んでしまう。
喧噪に包まれていた会場が一瞬シーンと静まりかえる。

彼はハッと我に返った。ゴホンと一つ咳払いをすると、すいません何でもありませんと笑顔を作ると廊下へ出ていった。

酒宴は何事も無かったかのように、すぐにまた喧噪に包まれていった。



彼女は少しの間、目を丸くして彼の出ていった先を見つめていた。
しかし、すぐに彼の後を追うように飛び出していく。

廊下へ出るとすぐに彼の姿は見つかった。
近くの壁によりかかりうなだれているようだ。


「どうしたの?」

彼女に声を掛けられると、シンジはびくっとしてそちらにおずおずと目を向けた。

「すいません。何でも無いんです。」

彼は落ち込んでいるのか、心なしか虚ろな目をしている。
それを見た彼女はばつが悪そうに口を開く。

「さっきはごめんなさい。私のせいよね。」


しかし彼はそうじゃないんです、と首を振った。

「いえ、あなたのせいじゃ無いんです。悪いのは僕なんです。」

「え?」

目を丸くして、良く解らないという顔をする彼女。


「・・・あなたが、その、妻に似ているんです。」

「そう、なの・・・?」


シンジは軽く頭を抱えながら絞り出すように声を出した。

「だからって、あなたに一瞬でも見とれてしまった。・・・僕は、僕は最低だ!」

うなだれるシンジ。

端から見れば大げさな話である。いくら結婚していると言っても、美人の女性を見てしまえば目を奪われるのはどうしようもない男の性だ。

しかし、自分には許されない事。そう彼は思っている。
あの頃何度も彼女を裏切ってしまった自分だ。心から愛する妻を裏切るなど二度と許されない。

なんとも融通の利かない性格である。彼に言えば否定されるかもしれないが、彼の父親から受け継いだ性格なのかもしれない。


そんな彼の様子に、少しだけ逡巡してから彼女は話しかける。

「奥さんの事を愛しているのね・・・」

「ええ。・・・愛しているなんて言葉じゃ表現仕切れないほど。彼女は、僕の全てです。」

彼は真剣な目でそう独り言のように語る。


いつの間にか彼女は触れそうな距離まで彼の近くへと近づいていた。
長い睫を震わせて愛しそうに彼を見つめている。

「嬉しい・・・」

「え?」

突然彼女が飛びついて彼を抱きしめてくる。

「ちょ、ちょっと。駄目です。駄目ですったら!」

彼は慌てて彼女を引き離そうとする。
しかし彼女は離さない。それどころかさらに彼を抱きしめる力を強めてくる。

そして唐突に彼女はクックックと笑い出した。


「アンタ、まだ気付かないの?」

どこかで聞いたことのあるような言い回し。


「ほら、良っくアタシの顔を見てみなさいよ。」

おずおずと間近にある彼女の顔を見る。
近くで見ると、本当にアスカによく似ている。
きりりと引き締まった眉。深く潤んだ綺麗な瞳。決して高くは無いが整った鼻梁。吸い込まれそうな桜色の唇。

まるで本人のようだ。


ん、本人?
シンジは頭が混乱してくる。

「え!?・・・・まさか!え、でも・・・」

「もう、ホラっ。」

そう言うやいなや、シンジの頭をがしっと掴み唇を合わせる。
突然の事にとまどう彼の唇を彼女の舌が割ってくる。
融け合うような口づけ。シンジの意識が朦朧としてくる。


彼女はゆっくりと口を離す。
頬を上気させた彼らの口元にはきらきらと輝く橋が架かっていた。


「これでもわかんない?」

聞かれるまでもない。自分の脳を溶かしてしまうこんなキスは妻以外にはあり得ない。

「・・・アスカだ。」

溶けた瞳で彼女を見つめるシンジ。

「でも、なんでここに?それに、その髪と目の色は一体・・・?」


アスカはにやりと笑う。

「ちょっと色々手を回してね。アンタの所に派遣されるコンパニオンの所に紛れ込ませて貰ったのよ。」

クックックとちょっぴり邪悪な笑い方をする彼女に、どういう手を使ったんだろう?と彼は少し恐ろしくなって冷や汗を掻く。


「あと、コレね。リツコに作って貰ったのよ。」

黒く艶やかな髪をさらりと持ち上げる。

「リツコさん?」

「ほら、アンタ前にさ。日本人みたいな黒目黒髪のアタシもちょっと見てみたいって言ってたでしょ?
 アタシもちょっと試してみたくなってさ。大分前にリツコに作ってくれるように頼んでたのよ。」

と、胸の谷間から小さな瓶を引き出して彼に見せる。
思わず目が谷間に釘付けになってしまうシンジ。悲しいかな、これも男の性である。

「これ飲むとね、劣性遺伝子と優性遺伝子の命令を組み替えてくれるんだって。もちろん、うまいこと髪と瞳だけね。
 アタシにも日本人の遺伝子が入ってるわけだからね。こうなると思ってたんだ。」


シンジは良く解らない、といった顔でようやく谷間から目を離してアスカを見上げる。

「つまりアスカは黒い髪で黒い目になっちゃったの?」

急に悲しそうな顔をするシンジ。


「なによ、気に入らないの?」

と、ちょっと不満げに彼女は言った。


「そうじゃないんだ。黒い髪のアスカも素敵だよ。
 ただ・・・綺麗な金色の髪と蒼い瞳は僕の大好きなアスカの色だから・・・」

彼女はしょうがないわね、と腰に手を当てながらもそんな彼を愛しそうな目で見る。

「もう、馬鹿ねえ。薬の効き目は一日だけよ。アタシはアタシよ、安心なさい。」

それを聞いたシンジは心底安心したような笑顔を見せる。

「良かった。」


ふと、彼は思い出す。

「そう言えば、声も違うよね?いつもよりハスキーな声だよ。」


アスカは自分の首に付いたチョーカーを、トントンと指さした。

「コレよ、コレ。ボイスチェンジャーなのよ、コレ。」

シンジは取り外されたチョーカーをまじまじと見やる。
最近のボイスチェンジャーは、声紋までコピーするほどの精巧さだとは聞いたことがあるが、まさかこれほどとは。やはりこれもリツコ謹製なのだろうか。


それにしても、驚くべきは彼女の行動力である。
まさかこの温泉地まで追って来ようとは。しかも、コンパニオンに変装して潜り込んでまで。

やっぱり自分のことが心配だったのだろうか。
それなら嬉しいな。

などと他人が聞いたらバットで殴られそうな事をぼけーっと考えていると、
アスカがそんな彼の顔をぐいっとこちらへ向ける。

「じゃ、行こっか。」

彼はなんの事だろう?という顔をする。


「え?何処へ?」

アスカはにこっと笑う。

「お風呂よ、お風呂。アンタを救出するって目的も果たした事だし、せっかく温泉に来たんだからしっかり入んないとね〜。」


「え、でも・・・そろそろ戻らないと・・・」

「アンタ、馬鹿ァ?そのふすまの隙間から座敷を覗いてみなさいよ。」


言われるままそっと襖の隙間を覗くと、そこにあるのはまさに地獄絵図。
のように彼には見えた。実際、中に居る者には酒池肉林の幸せな世界なのだが。

ビール瓶を片手に全裸でコサックを踊っている者。コンパニオンの胸に顔を埋めて痙攣している者。果てはスカートの中に顔を突っ込んだまま動かない者までいる。一次会からコレである。ノリの良い会社だ。


シンジはぶるっと身震いしながら思う。

アスカが来てくれて良かった。

彼は心底そう思っていた。あの中にあのまま居たら、一体どうなっていたか想像するのも恐ろしい。
酒があまり強くない自分は、きっと気絶するまで飲まされて全裸で息子を輪ゴムで縛られるくらいはされたかもしれない。実際他の酒宴でそういう哀れな姿を見たことがある・・・


彼は納得したようにコクリとうなずくと、

「あれじゃあ、僕らが居ようが居まいが気付くわけないよね。」

「でしょ?朝集合の時までバックレてたって気付きゃしないわよ。」

納得した彼の腕を取るアスカ。感触の良い胸が彼の腕に当たっている。
こんな事はいつもの事なのだが、ここは雰囲気のある温泉地。
そして、セクシーなチャイナドレスを着た大好きな彼女。しかも今日は黒目黒髪のエキゾチックさも加わっている。

彼は思わず興奮を抑えきれなくなりそうだった。

そして彼女は妖艶な笑みを浮かべる。


「今夜は二人ッきりの温泉ね。」






つづく

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