「碇。シンジ君の奥さん…、アスカ刑事は重傷らしいな。」
冬月方面部長は、電話の画面の中で沈痛な面持ちで言いました。
「ああ、聞いている。先ほど救命救急部の嶺原教授に電話をしてよく頼んでおいた。」
「そうか…。」
「これでアスカ君に万一の事があったら、親子揃って大馬鹿者になってしまうからな。」
「碇。……あの時の事はもう忘れろ。」
「忘れている…。そのためにシンジとも決別したのだ。
ふっ。どのような理由があれ、わたしは失格者だ。親としてもな。」
碇総監は、口元を歪めましたがその目は濃いサングラスに遮られてみる事ができません。
方面部長は何か言おうとして、口をつぐみました。
そして、暫くしてから思い出したように言いました。
「 …その、君の息子から申請が出ているぞ。転送するから見てくれ。」
机の上に書類の画像が結ばれ、それに目を通した総監は、さすがにピクリと眉をうごかしました。
「やはり、カエルの子はカエル、ということかね? 碇。」
碇総監は手のひらを握ったり、開いたりして、無言で書類を見詰めています。
「俺は、認可したぞ。あとはおまえ次第だ。」
冬月部長の電話が切れた後も、警視総監は身動き一つせず、考え込んでいるようでした。
LASだってば
桜が一番好き !! 4
―守らねばならないもの―
それから、2ヶ月ほどが過ぎました。
今年は、数十年ぶりに季節が戻ってくるだろう。
そう言われ続けて何年かが過ぎ、次第次第にそれが当たり前の事として
日常に組み込まれていきました。
いまでは、紅葉する木もありますし、たまに桜が咲く事もあります。
しかし、まだまだ季節の移り変わりは弱々しく、自然が完全にもとに戻るには
もう少し時間が要るようだ…そう言われていました。
12月…首都圏は突然の激しい雪に見舞われました。
府中市多摩警察病院。
シンジが病室に入ってきました。品のいい個室の病室。
「すごい雪だよ、アスカ。雪ってもっとさらさらしたものかと思っていたけれど、べたべた
くっつくもんなんだねえ。それでね、すべるんだよ。ぼくらの靴は裏の溝が深いからいいけど、
普通の人のは何も無いからね。今朝から小金井署管内で20人も転んで怪我をした人が出て…。
アスカ。アスカどこか痛むのかい?」
「雪なんて。生まれて初めて見たわ…。」
シンジは、ほっとしてコートを壁にかけました。
「少しベッドを上げてくれる?」
シンジはベッドを窓際に移すと高さを上げ、少し上半身が起き上がるように調整して
スイッチをいれました。
ベッドの軽い、モーターの駆動音がして、アスカの上半身のベッドが起き上がります。
足が伸びて、高さも窓の少し下まで持ちあがりました。
「よくみえるわ。ありがとう。」
「アスカ、朝ご飯はちゃんと取った?」
いいながらトレーのふたを開けると湯気が上がります。
が、手をつけた形跡はありません。
「だめだよアスカ。僕が食べさせてあげるから少しだけでも、ね?」
「ええ。…ごめんなさい。食べる気が起きなくて…。」
「あやまらないで、アスカ。アスカの一番危ない時に僕はそばにいられなかった。
君が…死んだかもしれないような大怪我をしてる時に。」
「そんなこと、仕方ないじゃない。シンジ。」
「僕はそれが悔しいんだ。」
アスカは優しく微笑みます。
「シンジ、私、おなか空いちゃった。早く食べさせてよ。」
「なんだい、さっきまで食欲が無いとか言っていたくせに。勝手だなあ。」
シンジは独省をやめて、笑いました。
「ほら、あーんして。」
「あーん。」
「つぎは?」
「スクランブルエッグ。」
「にんじんの煮物。」
「それは…残しちゃ駄目?」
「だめだよ。」
アスカはそれでも半分くらい食べました。
心配顔のシンジ。
病院の庭に近所の子が入り込んで遊んでいます。
あれは、なに?ゆきだまを転がして…、大きくなっていく。うわあ、ふたりがかりで。
この時代の子で雪だるまを知っている子など日本には一人もいなかったでしょう。
アスカが周りを見ると、遊歩道のベンチの雪を払って80近いだろう老夫婦が、
坐っています。
時々、子供たちに声をかけています。
ああ、作り方を教えているんだ。
アスカはじっと作られていく雪だるまを眺めています。
シンジも気がついて眺めています。
暫くすると、大きな胴体ができ、大きな頭ができました。それを上に載せようと頑張っていますが、
重くて持ち上がりません。おじいさんが立ち上がって手伝いますが、だめです。
「アスカ、僕ちょっと行ってくる!」
シンジは病室を飛び出していきました。
「手伝いましょう!」
作っている、男の子と女の子、おじいさんにシンジは声をかけました。
3人はびっくりしたようですが、すぐに、男の子が
「おねがいします!」
と、元気よく答えました。シンジは、雪玉に取り付くと思いっきり持ち上げようとしました。
が、思ったよりはるかに重いのです。
「俺にも手伝わせてくれ。」
「僕にもな。」
二人の男が、横から手を差し入れてきました。
「青葉さん!日向さん!」
「楽しそうな事してるじゃないか。」
「見舞いに来たかいがあった。これが、雪だるまってやつか。」
おじいさんと、女の子は、傍らでにこにこしています。
男の子を交えた4人は渾身の力で大きな雪玉を持ち上げました。
そして見事に上に載せる事に成功!!
「やったぞう!!」
飛び上がって喜ぶ4人。
ぱちぱちぱち…。
病棟から拍手の音が聞こえました。
3階の病室の窓が空いて、上半身を起こしたアスカが拍手しています。
シンジは思いっきりアスカに手を振りました。
「わざわざ、お見舞い頂いて済みません。」
アスカとシンジは青葉と日向に頭を下げました。
「水臭いぞ、アスカは俺達の妹分じゃないか。」
青葉が言いました。
「そうだ、まあ、いまはシンジ君に取られてしまったがな。」
「まあ、妹はいつか嫁に行くものだし。それはしょうがない。
逆にシンジ君が俺達の弟分になったと考えよう。」
「うん。それは前向きな考え方だな。」
シンジは苦笑いをしています。
「ところで、ここに来た後、俺達は小金井署に寄る予定だったが、
ここで君に会えたのは丁度よかった。大事な用があるんだ。」
日向がまじめな顔に戻って言いました。
「君の出していた転属願いは、採用の方向で受理された。」
「本当ですか!」
「うん、丁度、アスカのこの一件もあり、警視庁は西日本警察庁と完全に一体化した
広域専従捜査部を創設する事になった。そこの専属捜査官に内定している。」
「捜査一課一係も全員そこの所属になる。」
「シ、シンジが?」
アスカは、予想外の事に呆然としています。
「喜んで、お受けいたします!」
「だめよ!!」
アスカはやっとの事で声を絞り出しました。
「わ、私は、運がよかっただけなんだから。こんなことは珍しい事じゃないのよ。
マフィア相手に、毎年どれだけの捜査官が殉職しているか知っているの !? 」
声がわなわなと震えています。アスカはかまわず言います。
「だめよ!絶対にだめ!毎日毎日胸が潰れるような思いでシンジを待つのはいや!」
こぶしを握り締め、アスカは俯いてしまいました。
シンジはゆっくりアスカの傍らに立ち、自分の手をアスカの手そっと重ねました。
「アスカ…。ありがとう。
僕はずっと考えてた。僕の生まれてきた意味を。」
「ぼくは、小さい頃両親を亡くした。
何かの事故があって、母が亡くなり父もその時受けた傷が元で亡くなったと聞かされている。
ずいぶん色々、しなくていい苦労もしたよ。それはアスカも同じだと思うから、
わかってくれるとおもう。
自分の事だけを考えて意固地になって生きてきた。でもそれは自分の得意な、
勉強というフィールドの中でぬくぬくしている時だけの意固地だった。
大学院を出たのだって、別に勉強が好きだったわけじゃない。
学校以外の所で自分が通じるかどうか不安だったんだ。
生の自分が他人と比べられるのが怖かった。どこかに隠れたかった。
だから…、集団で動き、他人の命令さえ聞いていれば済む所を職場に選んだ。
ぼくは、そのためにだけ、警察官になったんだ。
その中でも、目立たない事だけを考えた。
ここにいるのは嘘の自分、自分であって自分ではない自分。
だからみんなは、本当の僕を知らない。比較されない。比べられない。
ぼくは、こころのなかで、警察官という人たちを見下しながら生きていたんだ。
きみと出会って、はじめてわかった。
きみにであったとき、はじめて、他の人より僕を選んで欲しいと心から願った。
他の人と比べてほしいと、僕の方を愛して欲しいと。
本当の、自分だけを見て欲しいと。
装った自分ではなく、本当の自分だけを愛して欲しいと。
きみと一緒にいる時だけ僕は頑張る事が出来た。
立てこもり事件の時も、ハイジャックの時も。
アスカの事だけを考えてる自分がいた。
でも、今度はどうしようもなかった。君が戦って倒れている時に僕はいなかった。
苦しかった。
心臓がちぎれそうだった。
その時、分かったんだ。
戦うという事の意味が。
それは自分の大切なものを慈しむことなんだ。
僕はもう逃げない。
アスカを守りたい。僕の愛するものを守りたい。
そのためには、立ち止まっているだけじゃだめなんだ。
きみは、もう戦っている。僕もきみと一緒に戦わせて欲しいんだ。」
シンジは真剣な目でアスカの目を見詰めます。
その決意はもう動かない事がアスカにはすぐ分かりました。
また、その光の中に、この自分の事を、命に代えても守ろうとする
強い意志が存在することも、伝わってきました。
「馬鹿なんだから…。あなたは、いつも、馬鹿なんだから…。」
「ごめん、アスカ。」
「その代わり、死なせはしないわよ。その為に死ぬほどしごくわよ。
それから、もう一つ条件があるわ。」
アスカは、シンジの視線をしっかりと見つめ返しました。
「私を守る為に戦ってくれること、それはすごくうれしいわ。
ううん、生まれてからずっとこんなに私の事だけを思ってくれる人はいなかった。
体が震えてくるくらいうれしい。
でも、シンジ。それだけではだめよ。」
アスカは一区切りつけて、言います。
「私と、私の愛するこの世の全ての人々を守ると誓って頂戴。」
「この世の全ての人々を……。」
肯くアスカ。
シンジはこの世の全てを愛しむアスカの心が流れ込んでくるような気がしました。
アスカを愛して、守りたいという事は、アスカの愛するこの世の全てを護ること。
「ぼくにできるだろうか…。この…。」
「あなたなら、できるわ。」
アスカの瞳がそう語っていました。
この、つまらない、ちっぽけな僕への、限りない信頼があるなら…ぼくは。
シンジは胸を張り背筋をまっすぐに伸ばすと、
「誓います!!」
まっすぐに、アスカの目だけを見詰めて敬礼をしました。
「よろしい!」
真剣な顔を緩め、悪戯っぽく微笑むアスカ。
「そうと決まったら…。シンジ、朝ご飯の残り、取ってくれる?」
3人は、アスカに別れを告げると病室を後にしました。
先ほど作った雪だるまの所に誰かが立っています。
「それで、ニンジンで鼻を作って、うんそうだ。みかんはボタンだ3っつ縦にな。」
女の子が嬉しそうに飾り付けをしています。
よれよれのコート。ぼさぼさの頭。
かなりの長身です。男は気配に気がつき、振りかえりました。
「やあ、きみが碇シンジ君だね。そして、青葉君に、日向君。」
にやりと笑って言いました。
「碇総監から、今日、広域専従捜査部部長を命ぜられてきた。加持リョウジ警視正だ。
君らの、一応上司という事になる。一係の花に敬意を表してやってきたが、
見舞いはもう終わってしまったようだな。」
「ぼくらの…、上司。」
三人はあわてて敬礼をします。
軽く答礼した加持は、赤いばけつを雪だるまの頭にかぶせると言いました。
「俺は、ちょいと碇くんの奥方に挨拶してくる。今日は、これで失礼するよ。」
「はいっ。」
加持はそのまま、病院の中に入っていきました。
日向が懐からモバイルを取り出してアクセスします。
「加持リョウジ。警視正。警視庁更新日現在、公安部部長。経歴は…なし!?」
「おい、無しって事があるか。」
「無しなんだよ!
第一なんで公安がここに出てくるんだ。当然刑事畑の人間が出てくるはずだろう。」
「この人事、なにか、あるな。」
「葛城さんはどうなるんだ?」
「あの人は、捜査課しか勤まらないよ。あの人も来るかと思っていたんだが。」
「一応あの人だって警視だろ?」
「特捜編成の長に部長級を持ってくるというのはかなり異例だぜ。」
「碇の髭オヤジ。本気だな、これは。」
何もかもが、急に回転をはじめたように進み始めました。
雪の日から何日かが過ぎ、驚異的な回復をみせたアスカが退院しました。
「こういうことは、珍しい事ではないんですよ。
何か踏ん切りがついた時、人間というのは自分本来以上の力を出す事があるんです。」
主治医のDr.はシンジにそういう説明をしました。
「怪我の方はもうだいぶ前から大丈夫だったのですが、炎症反応、免疫系の働きが
みごとに回復しました。ただし、薬の服用遵守と、過労には気をつけて下さいよ。」
二人は病院を後に歩き出しました。
あの日から、ずっと寒い日が続き、門前の雪だるまがそのまま立ち番をしています。
「これが、あなたたちの雪だるまね。これで私も仲間になれたわ。」
アスカはその雪だるまに、きれいな雪を更に乗せながら言いました。
「仲間?」
「あなたたちが力を合わせて雪だるまの頭を載せた時、加持さんも見ていらしたらしいわよ。加地さんおっしゃっていた。
俺達警察官の仕事は、ああいうふうに、子供たちが安心して遊んでいられるように
見守っている事。そして手にあまる時には一緒に創り出す手助けをすることだって。」
アスカは手を休めずに言いました。
「だから、自分も仲間に入れてもらったよって。きょうは、わたしね。」
シンジは、大きく肯くとアスカが作っている雪玉を自分も一緒に手に持ちました。
そして、ふたりで、雪だるまの首にそれを押し付け、きれいに馴らしました。
「今日からは、いつもいっしょだ。」
「はい、あなた。」
アスカが敬礼しました。シンジも敬礼しました。
それから二人はにっこり笑うと、手をつないで駅に向かって歩き出しました。
桜が一番好き !! 4 おしまい
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さて、やっとわるいやつらをやっつける準備が整いました。
ついに夫婦捜査官になった、アスカとシンジ。
でも、まだ純情夫婦なんだよね。
今回は、おまけつきですよ〜。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
こめどころ
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おまけ。
電車に乗り換えると、シンジは言いました。
「おぼえてる? 今日はアスカの誕生日なんだよ。」
「え、ああ、そういえばそうね。すっかり忘れてた。特に祝ってもらった事もないし。」
「ぼくも誕生日ってした事無いんだ。でも、これからは毎年僕がアスカの誕生日を
祝うからね。」
アスカは頬をばら色に染め上げて、シンジの肩に、コトンと頭を持たせかけます。
黒い羊皮の手袋を、ふかふかの白いミトン手袋がぎゅっと握り締めます。
「それでね、これはプレゼント。」
「えっ。」
アスカは個人的な誕生日プレゼントというものをもらうのは、実は生まれて初めてでした。
リボンを解くのももどかしく、その小さな箱を開けると中には、輝くシルバープラチナの
ネックレスが入っていました。真っ青なサファイアの小さな粒がついています。
「ありがとう…シンジ、ありがとう。」
シンジの胸にゴリゴリと顔をこすりつけます。
シンジのセーターがアスカの、うれしい涙を吸い取ってくれました。
ふたりが電車の中でこうしているころ、東中野の桜3マンション502では、
ミサト、青葉、日向、そして、あの街の子供たちがうずうずしてまっていました。
「おそい!おそいぞ、碇シンジ!」
「まさか裏切って二人だけで逃げたんじゃなかろうな!?」
「あしたは、みんな揃って非番。こんやは徹夜なんだからね!」
すでに幾らか入っているらしいミサト課長。
退院当日というのを忘れていませんか?
あ、山のようなクラッカーが。
ふたりは今夜も純情カップルのままのようです。
桜が一番好き!4 : おまけもおしまい。
(第5,6話へ)
うう、ええ話やー。( T - T )だくだくだく というわけで、こめどころさん桜4本目ありがとうございますー。\( > 0 < )すばらしいッス 二人はホントに支え合ってますねえ。お互いの為に生きるってのはすばらしいなあ。(
T - T )くうー シンジ君に誕生日祝ってもらって良かったね、アスカ様。( ^ - ^ ) さあシンジ君の介護の甲斐あってアスカ様も復帰したし、早速憎きわるものどもを蹴散らすのだー。\( > 0 < )/うおりゃー 次回、復活したアスカ様とシンジ君は見事悪者をやっつけることが出来るのか!?楽しみですねー。 早速こめどころさんにこの感動を伝えて、アスカ様とシンジ君の大活躍を見るのだー。\( ^ 0 ^ ) |
こめどころさんへの感想はここです。
または簡単感想用掲示板へどうぞ。
◎感想用フォームです。2,3行の感想でも作者さんは嬉しかったりするのだ。