アスカは気だるそうに目を覚ますと、まだ完全に開ききってない目でカレンダーを見る。
「今日は12月3日か......。」
憂鬱そうにそう呟くと、隣の欄を見る。そこには鉛筆で目立たぬように印を付け、そしてそれを消した様な跡が残っていた。
アスカは、キッと目を一度つよく瞑ってからまた開く。
「さて、起きなくっちゃ。」
そう言いながら起きあがると、ドアを静かに開ける。
いつもならば、元気に出ていって台所にいるシンジに声をかけていく所だが、今日はそんな気分ではない。
なるべく、台所の方を見ないようにしながら洗面所に行き、そして鏡をふと見つめる。
ひどい顔......。
こんな顔でシンジの前にでれないわね。
......。シャワー、浴びるか.....。
「ふうっ」
少しはマシになったかしら....。
何で毎年こんな暗い気分になるのかしらね。たかが誕生日だってのに....。
今日は12月3日、そしてその隣の欄、カレンダーの汚れている場所、そこはアスカの誕生日である。
誕生日ならばもっと嬉しそうな顔をすればいいのに、他の人が彼女を見たらそう考えるだろう。
しかし、彼女は毎年、余り表情には表さないが暗い陰を持った表情をする事がある。
彼女は、これまで誕生日を祝ってもらったことは無かった。彼女の本当の母親が生きていたほんの小さな頃でも、多忙な母と無関心な父に挟まれていつも寂しい誕生日を送っていた。
母が生きていた頃はそれでも、1日遅れでも心からの祝福の言葉と、楽しいプレゼント、そして母の手料理を食べれて幸せだった。
しかし、その母も死んでしまい、義理の両親のおざなりな祝福と回りの大人達の心にも無い祝福しか彼女には残らなかった。
嬉しくなんかない。誕生日なんて厭な想いをするだけ。
寂しくなんかない。誕生日なんてただ歳を重ねるだけ。
誕生日なんていらない。だから誰にも教えない。
彼女はいつしかそう考えるようになっていた。そして今年も彼女は誰にも自分の誕生日を教えていなかった。
シンジなら誕生日を心から祝ってくれるかもしれない。そう考えたこともあったが、もし祝ってくれなかったら....。そう考えるとためらわれた。
期待して裏切られるほどつらいことは無いから。それならはじめから期待しない方がいい。
だから、自分のデータを持っている筈のミサトにも堅く口止めをしておいた。
これで良いのよ....。
哀しくなんて無い。誕生日なんてただ歳を重ねるだけ...。
彼女は毎年唱える呪文を胸で呟いた。
そしてアスカはいつもと変わらない表情を鏡で確認して、台所へと向かった。
「あ、アスカ。おはよう。」
シンジは料理をしながら首だけアスカに向ける。
「おはよ。」
アスカは素っ気なく答えると、シンジから目をそらしてご飯を食べ始める。
そして、弁当を詰め終わったシンジも食べ始めると、食卓を静寂が支配する。
シンジはおかしい、と思った。いつもならば姦しいぐらいに彼女から話しかけてくるのに、今日はそう言えば目も合わせてないような気がする。
「アスカ、何かあったの?」
シンジに声をかけられてアスカはハッと顔を上げると、気づかれてはまずい、と思い愛想笑いを浮かべる。
「ううん、何でもないわ。」
シンジは怪訝な顔を浮かべるが、納得したのか「そう」と答え、自分も食べることに集中する。
アスカはしばらく黙っていたが、ふとシンジを見つめる。
「シンジ、明日の土曜日、暇よね。」
「明日って....。」
シンジは断定的なアスカの言葉に面食らってそんなことしか言えない。
その間にアスカが畳みかける。
「明日買い物にいくから付き合いなさい。」
アスカは表面的には命令口調だが、内心は祈る気持ちだった。
お祝いなんていらない。ただ一緒に居てほしい。明日だけは。
しかし、無情にもその答えはアスカの期待を裏切るものだった。
「ゴメン、アスカ。明日はダメなんだ。」
いつものアスカなら、ここでごねてでも無理矢理連れていく所だが、今日だけはできなかった。
「そう.....。」
「また今度、付き合うよ。」
アスカは、すまなそうにシンジにそう言われて、暗い表情を必死に隠しながら「別にいいわ。ごちそうさま。」と言って台所をでていった。
アスカは廊下の壁に背をついて目を瞑る。
そして呪文を唱える。
寂しくなんて無い。誕生日なんてただ歳を重ねるだけ...。
そして今日もいつもと代わりのない一日を過ごす。学校へ行って、つまらない授業を聞いて、ネルフへ行って、シンクロテストをする。
今日は気分が最悪だったが、普段と変わりない一日だった。
そして、いつもの通りシンジと一緒に帰ろうとシンジに話しかける。
「シンジ、帰るわよ。」
しかし、シンジはアスカに一言ゴメン、と言うと用事があるからと言ってどこかへ行ってしまった。
アスカは自分でも気づかずため息を一つ付くと、気を取り直して足を動かす。
「......つまんないな。街へ行ってウインドウショッピングでもしようかな.....。」
アスカはそう呟くと、街へ向かって歩き出した。
「あんまり可愛い服無いわね.....。」
彼女はつまらなそうにそう言うと、側にあるベンチに腰を下ろした。
しばらくそこでボーッとしていると、前方から見覚えのある人影が歩いてくる事に気づいた。
「シンジ......。」
シンジは確か用事があるって....。隣に誰か居るわね.....。
あれは、ファースト....!
そっか、そう言うことなんだ。二人でデートって訳か.....。
アスカは知らずに心が寒くなっていることに気づいた。
あは、何で心がこんなに痛いんだろ。
関係ない、関係ないじゃない。二人が何してようと。アタシには関係ない.....。
アスカが氷の様な無表情で見つめていると、二人がそれに気づく。
「ア、アスカ.....。」
「へーえ、二人でこんなところでこそこそとデートって訳ね。シンジ、よかったじゃ無いの。こんな可愛い彼女ができてさ....。」
彼女は冷たい笑顔で続ける。
「ああ、てことは明日もデートって訳ね。だからあたしの誘いも断った訳だ。....それはそうよねえ、アタシの買い物なんかに付き合ってるよりも、アンタはファーストとのデートの方がいいんでしょうね。」
シンジは、アスカの冷たい態度に狼狽えながらも、なんとか言葉を返そうとする。
「アスカ、そんなんじゃないよ...。綾波はただ......。」
しかし、それを遮ってアスカの感情が爆発する。
「うるさい、うるさい!!アンタなんてファーストとよろしくやってれば良いじゃない!!!アタシには関係ない.....。関係ないわよ!!!!」
アスカはそう叫ぶときびすを返して走り去っていく。
「アスカ!」
シンジは右手をアスカの方へと動かしたが、それはむなしく空を切った。
「アスカ......。」
シンジはそう言うと呆然とアスカを見送った。
そのままアスカが走り去った方を見続けていると、レイがぽつりと呟く。
「彼女、泣いてたわ....。」
シンジは、ひょっとしてアスカは家に帰ってるのでは無いのかと思い、あそこですぐにレイと分かれると、急いで家に帰ってきていた。
「もう6時か.......アスカ遅いな.......。」
しかし、アスカは帰ってきていなかった。シンジは何か厭な喪失感を覚えてぶるっと身震いした。
そして先ほどレイの言っていた言葉を思い出す。
「彼女泣いてたわ......。」
あのアスカが泣いていた.....。何であんな悲しそうな目を.....。
だって、明日はアスカの......なのに何故......。
「アスカを捜さなきゃ」
シンジはテーブルの上にあった紙袋をひっつかむと、玄関へ駆け出した。
はあっはあっはあっはあっ
アスカの行きそうな所.....街を捜してみるか.....。
アスカ、アスカ、アスカ、アスカ........。
どこに居るんだよアスカ.......。
時計は既に11時を回っていた。途中ですれ違ったのでは、と家に電話をかけてみたが、既に帰っていたミサトに聞いても、帰っていないと言う。
シンジは走り回って朦朧とした頭で、アスカのいそうな所を考え続ける。
そしてふとある場所が頭に浮かぶ。
そうだ、あの場所なら......。
シンジは疲れた体にむち打つと、公園らしき所の門の前まで来ていた。
ここは、二人の思い出の場所、ユニゾンの時に来た高台の公園だった。
アスカ、アスカ、アスカ、アスカ........お願いだ、ここにいてくれよ。
シンジは祈る気持ちで捜し続ける。
そしてベンチに人影を見つける。それは、シンジにとって見間違いようのない人影。
「アスカ!」
その人影はビクッとシンジの声に反応すると、ゆっくりと振り向く。
「シンジ........。」
シンジはアスカにゆっくりと近づいていく.....。
するとアスカは突然立ち上がり、シンジの脇を抜けて走り去ろうとする。
シンジは必死に右手を動かした。今捕まえなければアスカを失ってしまう、そんないやな予感を振り払うように。
そして今度は捕まえた。シンジは手の中の彼女を決して逃がさないように必死で握りしめる。
時計はもう12時を回っていた。
「何でアンタがここにいるのよ........。」
アスカは下を向いたままポツリと話す。
何も言わないシンジをアスカはキッと睨み付ける。
「何でアンタがここにいるのよ!!!」
シンジはアスカの目をジッと見つめ返す。
「アスカを捜しに来たんだ......。」
アスカはそれを聞くとシンジの胸ぐらを掴みあげる。
「何でアンタがアタシを捜すのよ。関係ないくせに......。アンタにはファーストがいるくせに、アタシには関係ないくせに、何でアタシを捜すのよ!!!」
しかし、シンジはそれにも答えずに自分のポケットを探る。
そして無言でアスカの前に差し出す。
アスカはシンジの行動に毒気を抜かれたように、呆然とそれを見つめる。
シンジはそんなアスカを見ると、ニコッと笑ってアスカの手に握らせる。
「アスカ、開けてみて....。」
アスカは訳が分からずに言われた通り、包装紙を無造作にはがしていく。
「シンジ、これ........。」
そこには月の光を受けてまばゆく輝く銀色のブレスレットが暗闇の中に浮かんでいた。
シンジはアスカの腕を優しくとり、その腕に銀色の輪をはめる。
「アスカ、誕生日おめでとう。」
アスカは予想もしていなかったシンジの行動に呆然として呟く。
「何で.......。何でシンジが知ってるの? 何で........?」
シンジはアスカに優しく微笑む。
「良かった。やっぱりそうだったんだ。」
「えっ。」
「ここの所、アスカの様子がおかしかったから気になってたんだ。
それで、アスカの部屋のカレンダーを見たら印を消した様な跡を見つけて....。
ひょっとしたら、って思って。」
アスカは肩を震わせて俯くと、ブレスレットをジッと見る。
そんなアスカを見ながら、シンジは続ける。
「夕方、綾波と一緒に居たのはそのプレゼントを買いに行くのに付き合ってもらったんだ。
その、ああいう店に一人で入るのが、恥ずかしかったから.....。
付き合ってくれそうなのは綾波しかいなかったし、それに本人に付き合ってもらう訳にも行かなかったしね。」
アスカは下を向いたままポツリと呟く。
「じゃあ、今日は何で.....。」
シンジはそんなアスカを見てばつの悪そうな顔をする。
「今日はささやかだけど、アスカのバースデーパーティーをしようと思ってたんだ。だまってた方が喜んでくれると思ったんだけど、心配架けちゃったみたいだね。」
「バカシンジ.....。」
アスカはそう言うとシンジの胸にしがみついた。
シンジは赤くなってしばらく固まっていたが、やがて自然にアスカの髪を撫で始めた。
二人はしばらくそうしていたが、アスカはゆっくりとシンジから離れる。
「アスカ?」
未だアスカは厭な誕生日の記憶から抜け出せていなかった。
シンジは心から祝ってくれる、そう信じたかったが、幼い頃から培われた猜疑心からはなかなか抜け出せない。
「ねえ、どうして、どうしてシンジはアタシの誕生日を祝ってくれるの.......?」
シンジは少し驚いた様な顔をするが、やがてアスカの手を握りしめて答える。
「当たり前じゃないか。だって、だってアスカの誕生日だよ。
アスカがこの日生まれなかったら、ぼくはアスカに出会えなかった。
だから、だから心からおめでとうって言いたいんだ。
アスカが生まれてくれてありがとうって言いたいんだ。」
アスカはそれを聞いて涙でいっぱいの顔を上げると、再びシンジに抱きついて涙を流し続ける。
「.....ありがとう、シンジ........。」
アスカはそう言うと、一瞬だけシンジに口付けてシンジの胸に顔を埋める。
アタシ、ずっとこんな言葉が欲しかったのかもしれない....。
そしてアスカは、目を瞑って呪文を唱える。
哀しくなんてない。あなたが祝福してくれるから。
だから、きっとこれからも......。
(おしまい)
(後書き)
うう、アスカ様の誕生日に間に合わせようと、突貫で書いたので出来が悪いです。
そのうち改訂しないと.....。
また、アスカ様の暗い過去を書いてしまった。
ああ、ワンパターンだからって石投げないで...。
相変わらず登場人物はほとんどアスカとシンジの二人だけです。まあ、レイがちょろっとでてましたけど。
なんか他の人出すと雰囲気壊れちゃうんですよね。ミサトはどうした!とか言わないでね。
しかし、クライマックスはもっと盛り上がる筈だったんだけど...。おかしいな。
こんなものでも良ければ感想貰えると嬉しいです。
それでは、アスカ様。ハッピーバースデー!!!!おめでとう。
実はおまけがあります。
感想・換装・わたし最近乾燥肌なのよ、奥さん。などはこちらにどんどん送りつけてみよう!