その日は夏の青空が広がる気持ちのよい午後だった。
天気予報では降水確率0%、今日は全国的に晴れマークが踊っているような天気である。


キーンコーンカーンコーン


今日は天気がいいからヒカリと屋上でお昼しようかしら。

アスカはそんなことを考えながら、いつものようにシンジの机に向かって歩いてゆく。

「シンジ、お弁当。」

アスカはぶっきらぼうにそう言うと右手を突き出す。

こんな態度ではあるが、実はアスカはシンジに対してものすごく感謝しているのだ。
いつも自分の為においしいお弁当を作ってくれている。またそれだけではなく、家に帰れば自分の嗜好にあわせた朝夕のご飯、はては掃除洗濯に至るまで彼はいやな顔一つせずにやってくれる。

なのになぜ彼に対してこんな態度をとるかというと、有り体に言えば照れ隠しである。
元来素直な性格ではないために、どのように感謝の態度をとればいいのかがわからないのだ。

 

すると、シンジは心底すまなそうな顔をしてアスカの方を見る。

「ごめん、アスカ。今日作ってないんだ。」

 

アスカは今のシンジの言葉に我が耳を疑った。アスカが日本に来てからそんなことは一度もなかった。
はじめの頃は、シンジの作ってくれるお弁当に対して、何か下心があるのでは、と訝しげに思っていたアスカだが、今ではシンジが純粋に自分の為に作っていることはわかっているし、どう見てもそんな下心が働くようなタイプではない。
そしてその味は、たとえ下心があったとしてもそんなことはどうでもよくなるほど美味しいのだ。
故に、シンジのお弁当はアスカにとっての学校最大の楽しみと化している。

そのお弁当がない、と言われたのだ。
理不尽なのは自分でも充分承知だが、いつもの癇癪がもたれてくる。

「作ってないってどういうことよ!」

アスカは自分でも悪い癖だとは思っているが、つい感情が口調に出てしまう。

 

「昨日宿題がどうしても終わらなくて、朝寝坊しちゃったんだ。」

シンジはアスカの癇癪に気圧されながらも答える。

しかし、アスカにはその答えは更に気にくわないものだった。宿題が終わらなければ何故自分の所にこないのか。自分がいつも世話になってる分、そういうときぐらい自分を頼りにして欲しいのに。

アタシってそんなにアンタにとって頼りにならない存在なの?

だがそんなことをシンジに言える訳がない。だから、またシンジに当たってしまう。

「そんなの理由にならないわよ!自分の仕事でしょうが、それぐらいちゃんとしなさいよ!」

 

シンジには、何故弁当をたった1日作り忘れたぐらいでここまで言われなければいけないのかがわからない。少しぐらい感謝の言葉をかけて欲しいのに、出てくるのは文句ばかりである。そう考えると、シンジは少し悲しくなると同時に腹立たしさがこみ上げてくる。

「なんだよ!僕だって好きでこんな事してるわけじゃないよ!」

アスカが一瞬サッと青ざめるがシンジはそれに気づかずに続ける。

「そんなに言うなら自分で作ればいいじゃないか。もうたくさんだよ!」

 

そこまで言ってアスカの方を見ると、彼女は俯いて肩を震わせている。

言い過ぎたかな、と後悔したがもう遅かった。

「そんなこと言うんだったら、はじめから私に構わないでよ!................アンタなんて大っ嫌い!」

アスカは思いっきりシンジの頬を平手打つと、俯きながら教室を駆け出ていく。
シンジは呆然とアスカの後ろ姿を見送っていた。彼にはその後ろ姿がいつもより小さく見えたような気がした。

 

 

アスカは気が付くと屋上でたたずんでいる自分に気づいた。空は晴れていた筈なのに、いつの間にかどんよりと曇っていた。


まるで今のアタシの心みたいね。


アスカは悲しかった。シンジのあの一言が。

「僕だって好きでやってるわけじゃないよ!」

 

第三新東京市に来るまでアスカはいつも独りぼっちだった。義理の両親は居たが、自分を真剣に想ってくれた事は一度もなかった。そして、回りには偏見を持った大人ばかりで、だれも本当の自分を理解してくれなかった。


しかし、ここに来てシンジに出会った。シンジだけは自分のことを真剣に考えてくれる。自分をちゃんと見てくれる。
いつしかアスカはそう信じるようになっていた。
だが、それをたった今シンジ本人に否定されてしまった。

 

でも悪いのは私。素直になれない私。シンジに嫌われてもしょうがないよね。

 

アスカの心は曇っていた。この空と同じように。

 

 

 

 

 

 

 

シンジは後悔していた。何故怒りにまかせてあんな事を言ってしまったのか。

シンジは嫌々アスカの弁当を作っているわけではない。むしろ、本当は喜びすら感じている。
自分が作った弁当を美味しそうに食べているアスカを見ると、それだけで幸せを感じる。
勿論、ありがとうと言ってくれれば嬉しいが、アスカが素直じゃないことは知っているし、言葉よりも表情で彼女は語ってくれるので、感謝の言葉などいらないと思っていた。

それなのに何故あんな事を言ってしまったのか。走り去る彼女の後ろ姿は寂しそうだった。

謝らなくちゃ。アスカを傷つけてしまったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

だが結局シンジは、昼休みから放課後まで謝る機会を作ることができなかった。
シンジが話しかけようとすると、アスカはすぐに教室を出て行ってしまう。追いかけようとしたが、トイレに入られてはどうしようもない。

そして放課後、シンジは結局謝ることが出来ないまま学校に残っていた。
早く家に帰ってアスカに謝りたいのだが、こんな時に限って週番などというよけいなものが回ってくる。

イライラしながら仕事をこなすが、週番のもう一人が風邪で休んでいるうえに、先生から仕事を言いつけられてしまった。


遅々として進まない仕事がようやく終わった頃には、もう午後5:00を回っていた。
この時間になると、生徒はおろか教師さえもまばらであろう時間帯である。

シンジはハアッとため息を付くと窓枠にもたれて空を見上げる。


いつの間に天気が崩れたんだろう。


空は今にも泣き出しそうだった。

 

 

 

 

と、そのとき後ろでドアの開く音が聞こえた。

振り返ると、そこには今日一日求めてやまなかった少女が立っていた。

「アスカ...........。」

アスカは何も言わずにシンジの隣で窓枠にもたれかかる。

「ア、アスカ。あの、その..........。」

シンジは、一日中ずっと謝りたいと思っていたのに、いざとなるとなんと言っていいのかわからなくなっていた。

と、そのときアスカがぽつりとつぶやいた。

「アンタも結局他の連中と同じなのね。」

 

シンジは訳が分からず怪訝な顔で訊き返す。

「アスカ?」

 

アスカは無表情に続ける。

「アタシのこと気にかける振りして、ホントは陰で笑ってたんでしょう?」

「アスカ、何言って........。」


アスカは遂に感情を抑えきれなくなったのか、声を荒げはじめる。

「アタシが嫌いなら、そう言えばいいじゃない!中途半端にやさしくしないでよ!」


「アスカ!そんな言い方無いだろ!僕は本当にアスカのこと........。」

シンジはそこまで言って言いよどむ。


「................。」

教室には気まずい雰囲気が流れていた。

 

 

二人はもうどうしていいかわからなかった。口を開けば相手を傷つけてしまうかもしれない。その恐怖におびえていた。

 

二人は向かい合って俯いたまま立ちつくしていた。

 

空は既に土砂降りに変わっていた。黒い雲が空を覆いつくしている。

 

 

 

 

 

しばらく二人はそのまま固まっていたが、アスカの様子がどうもおかしい。
怒りで震えているようにも見えるが、どうもそれだけでは無いような気がする。
シンジは、意を決して話しかける事にした。

「アスカ、どうしたの?」


アスカはハッと顔を上げると思わずシンジに言葉を投げつける。

「何でもないわよ!」


とは言うものの、どうも様子が尋常ではない。シンジはアスカのことが心配になり、また怒鳴られる覚悟で顔をのぞき込もうとした。

 

その瞬間強烈な閃光と轟音があたりを覆う。

「キャア!!!」

かなり近くに落ちたようだ。教室の窓が震えていた。

 

「ア、アスカ.........。」

アスカはシンジに呼ばれて、自分の今の状態に気づく。アスカは、無意識にシンジの腰に手を回して抱きついていた。
アスカは恥ずかしさで真っ赤に染まり、シンジから離れようとする。

 

が、その瞬間再び閃光と轟音があたりを包む。

「キャア!イヤア!!!!!」

アスカはガタガタ震えながらシンジにしがみつく。


シンジは、真っ赤に染まって固まっていたが、怯える彼女を気遣って声をかける。

「アスカ、大丈夫?」


アスカはそれには答えずに、青い顔で呟いた。

「お願い........。少しだけこのままで........。」

シンジは黙って頷いた。

 

 

 

 

 

「雷....怖いの?」

掠れたような小さな声で訊くと、アスカは下を向いたまま小さく頷く。

 

「雷、何か、あったの?」

たどたどしくシンジが訪ねてもアスカは黙ったままだった。


沈黙がその場を支配する。

シンジは訊いてはいけない事を訊いてしまった、と思い慌ててしまう。

「イヤ、あの、ゴメン。言いたくないなら.........。」

しかし、シンジの声を遮って、アスカはぽつり、ぽつりと話し始める。

 

「ママ........。」

「えっ。」

「私のホントのママはもういないって......話したよね....。」

「うん......。」

 

アスカは、シンジの胸に囓り付くぐらい強く頭を押しつける。

「ママ、自殺したの......。」

「自殺って.....。」

 

 

「あとから聞いた話では、弐号機からの精神汚染が原因らしいわ。」

徐々に声が震えてくる。

「それで、おかしくなっちゃって、私の事がわかんなくなっちゃって、それで........。」

「アタシ、頑張ったわ。ママにアタシがアタシだって分かってもらうために、頑張ったわ。頑張って、頑張って、一番になって、全てを捧げて弐号機パイロットに選ばれたわ。」

「それなのに....アタシが一番になったって言いに行ったのに......すごいわねって誉めてもらいたかったのに........。」

「会いに行ったら..........ママは天井からぶら下がってた.......。」

アスカはもう嗚咽を隠せなかった。そしてその涙でシンジの胸は濡れていた。

 

「その時、大きな雷がなってたわ。大きな、雷が......。」

「まぶしい光がママを照らしてたの。すごい音で、すごい光で....。」

「暗い部屋の中で、ママ、ずっと揺れてた......。」

 

 

 

「アスカ.......。」

シンジは驚いていた。
いつも元気で明るく見えるアスカにこんな過去があったなんて。
自分は一体彼女の何を見ていたのだろう。

今まで自分のことを不幸だと思っていたが、彼女の方がよっぽど....。
自分が恥ずかしい。

 

 

 

 

シンジは自分を恥じると同時に、自分の胸で泣くアスカがとても愛しく感じていた。彼女の幸せな顔が見たい、と思った。彼女の悲しみを包み込みたい。一緒にいてあげたい、一緒にいたいと思った。

「アスカ.......。」


シンジは、そう囁くように名前を呼ぶと、労るようにアスカを優しく包み込んだ。

 

アスカは、嗚咽をあげながら、ふと回りが暖かい事に気が付いた。

そして上を見ると、そこには優しく自分を見つめているシンジの顔があった。

その瞬間アスカは、雷への恐怖も母親の死への悲しみも和らいでゆく。

 

「シンジィ」

僅かな声でつぶやくアスカ。

シンジはアスカをギュッと強く抱きしめて彼女の耳元へ囁く。

「僕はずっとアスカの側にいるよ......。アスカを絶対に一人にするもんか.....。」

 

そしてアスカの涙のあとを両手で優しくなぞる。

 

頬を撫でられて自然に目を瞑るアスカ。

そして、シンジは吸い寄せられるように彼女の桜色の唇へ自分を重ねた。

そこだけ時が止まったように二人の空間は静かだった。

 

 

「でもアンタはアタシのことが必要ないんじゃなかったの?」

アスカはすねたように呟く。
するとシンジはばつが悪そうに、アスカを見つめる。

「アスカ、ゴメン。あんな事言うつもりじゃなかったんだ。思わずカッとして......。」


アスカはシンジの口を指で塞ぐと、上目遣いで見上げる。

「ううん、シンジ、アタシこそごめんなさい。ホントは私が悪いの。いつも素直になれない私が悪いの。ホントはアタシシンジのこと......。」

今度はシンジがアスカの言葉を遮り、ジッと目を見つめる。

「アスカ」

「わかってる....。好きだよ、アスカ。」

顔を桜色に染め、シンジの胸に顔を埋めるアスカ。

 

シンジの音が聞こえる。なんでこんなに安心できるんだろう。


もう、大嫌いな雷は気にならない。

何故なら、私の心にはこれからずっと青空が広がっている筈だから。

 

(おしまい)

 


あとがき

皆さん初めまして。ぼく、ドラえぽんです。
初めて、ちょっとだけイタめの作品を書いてみました。
といってもまともに書いたのはこれが二本目なんですけどね。
てなわけで構成が支離滅裂でございます。
ドラえぽんはただカミナリの中で抱き合う二人が書きたかったんだー!(心の叫び)
この作品はカレカノを見て思いつきました。みんな何話目かわかるかな?
分かった人はメールください。何もでませんが。
それでは、ドラえぽんでした。

 

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