シンジは動揺していた。

 奇妙な悲鳴を聞き付け、急いで部屋に入ると、目の前に、鏡の前に立ち、驚愕の表情でこちらを見ている少女がいた。かたちの整った可愛らしい鼻と、魅力的なピンク色をした口唇の間に茶色の毛の集った物体をつけていた。その物体が「ひげ」であることを少年の脳はなんとか理解できた。だからその物体の名称で悲鳴をあげる事が出来た。

 しかし、悲鳴をあげたところで、現状を理解できる訳もない。シンジはどうにか現状を理解しようとする。アスカはひげをつけている。なぜか?

 笑わせようとしたのか?普段の彼女であればびっくりさせてそれをネタにからかうだろう。だが、先程の悲鳴と彼女の表情から、それはないだろう、と彼は思う。というよりも、なぜ「ひげ」であるのか分からない。恐らく、先程の悲鳴の理由もそれが関わっているのは間違い無いと、シンジは思った。そこまでは考えてみたが、それ以上の事はもう分かりそうにもなかったので、さっきからずっと固まっているアスカに、恐る恐る尋ねてみた。

 「………どうしたの、それ……?」

 

 一方、アスカはさらに動揺していた。

 なんの前触れも無しに訪れた原因不明の災難でパニックっていたアスカである。そこにいきなり、今の顔を一番見られたくない人物に見られてしまった。しかも、認めたくなかった名称で悲鳴をあげられた。いくら大学卒業済みで聡明である(と思われる)彼女でも思考回路の限界である。頭の中はしばらく真っ白になっていた。おかげで冴えないと言われている少年になんとか現状把握させることは出来たのだが。

 しばらく固まった状態であったが、シンジに問い掛けられ、やっと現実を認識した。その途端、

ずっとこの顔を見られたことが分かり、強烈な羞恥心が襲ってきた。

「いやぁ!!見ないで!!」

 急いでシンジとは反対のほうを向き、叫びにも近い懇願をした。

 彼は理解した。彼女の状態がいかに大変であるかを。

「落ち着いてよ、アスカ!」

 落ち着けと言うほうが無理であるが、それでもシンジはそうしなければならないと決めた。アスカが、あの強いアスカがここまで追い込まれた感じになっている。追い込ませた理由は大部分がシンジであったりするのだが、今のシンジには分からない。ただ、アスカを助けたいと思っているだけである。

「お願いだから、見ないで!!」

「見ないから、だから落ち着いてよ!」

「いやぁ!!」

 繰り返すが、アスカは反対側を向いて暴れるだけ。埒があかない。少年は意を決した。

「!」

「お願いだから、お願いだから落ち着いて、アスカ……」

 後ろから抱きしめた。強く、強く。彼女は強く抱きしめられるほど、癪なことに気分が落ち着くのが分かった。

 アスカが落ち着いたのが分かり、ほっ、と一息つくと、とりあえず物事を少しずつ整理するため、出来る限り優しい口調で訊ねる。

「えっと、その、それ、つけひげじゃないのかな?」

 アスカは黙ったまま、頷く。

「朝起きたら、そうなってたの?」

 やはり黙ったまま頷く。

「心当たりはあるの?」

「分からない。朝、起きたらこうなっていたから……」

「そっか……」

 シンジは上を向いて少々思案してから聞いた。

「もしよかったらさ、それ見せてくれないかな?」

「でも……」

 アスカの思っていることを察し、傷つかせることの無いように配慮する。

「大丈夫だよ。そんなことでアスカを嫌いになったりしないよ」

「うん……」

 その言葉を聞いて幾分安心したのか、アスカは下向き加減でゆっくりとこちらを向いた。シンジはアスカの了承を得て、顔を見る。その顔を見てシンジはやっぱりアスカはかわいいなと再確認していた。シンジにとって、ひげがついていようがいまいがアスカはアスカなのである。

「心配無いよ、いつも通りかわいいよ」

「ばか……」

 アスカは顔を薄赤くして、小さく呟いた。シンジはそんな様子を見て軽く苦笑を浮かべた。

「なんていうかさ、こういっていいかわかんないけどさ、そのひげもかわいらしくて好きだよ」

 そのセリフを耳にして、アスカは運の悪いことにシンジの性格を思い出した。アスカが好きになった性格を。

「……いいのよシンジ、、同情してくれなくったって……」

 シンジとしては心外な話である。シンジは本心でそう思ったのである(ひげがかわいいというのも随分と妙な話ではあるのだが)。当然シンジは強い口調で否定する。

「なにいってるんだよ!同情なわけないだろ!」

 しかしシンジが強く返すほど、アスカには優しさとして伝わってしまう。

「アンタって優しいからさ、傷つかないようにしてくれてるんでしょ……」

「違うって!本当にそう思ったんだよ!」

「もういいよ、シンジ。こんな変な女、ほっときなさいよ……」

「僕はアスカのこと、変だなんて少しも思ってない!ほっとけないよ!」

 アスカは涙が出ないように我慢するのはそろそろ限界であるのを感じた。

「嬉しいけど……アタシといるとシンジがへんな目で見られちゃうよ……」

「かまわないよ!他人なんて関係無い!」

「アタシのせいでシンジが変に思われるのが、耐えられないの!」

 言い終えた後、アスカの瞳から雫がひとつ落ちたのを見たとき、シンジは頭のなかで「プチン」というオトをキいた。

 にぎりこぶし、ひとつ。

「ああ、もうっ!!わかった、少しここで待ってなよ!!」

 そう吐き捨て、シンジはドカドカっ、と部屋を出ていった。アスカはシンジの突然の行動に濡れた眼をパチパチさせていた。しばらくしてどたどたっ、とした駆け足が聞こえてシンジが戻ってきた。アスカはシンジの顔を見た。

 大笑いした。腹を抱えて笑った。さっきとは違う涙まで出てきた。

 シンジの口のまわりにはいびつなわっかの形をしたひげがマジックペンで黒くべったりと描かれていた(いわゆる「へんなおじさん」である)。鏡も見ずに急いで描いたのだろう。整った中性的な顔とのあまりギャップである。笑うしかなかった。

「なに、バカやってんのよ、バカシンジ」

 なんとか笑いをこらえて、震える声で訊ねた。

「そう、僕はバカ。だから僕が笑われるのはアスカのせいじゃない。僕自身のせいだよ」

 アスカはその言葉で胸が熱くなるのを感じた。目の前の少年がこれほど大きな存在であったことに改めて気付く(顔は相変わらず、べったりとひげが描かれていたが)。

「やっぱりアンタはバカシンジよ。アタシの好きなバカシンジだ」

 彼女は笑顔をのぞかせた。ニッコリと。その笑顔を見たシンジも満足げにニッコリと笑った。

「アスカは笑ってる顔が一番いいね。今の顔みたいにさ。笑ってるアスカが僕は、えっと、その、好き、だからね」

 そう言ってから、シンジは自分の言葉に照れたように、アスカから視線をはずした。そんなシンジをみてアスカは、(自分のなかではかなり)大胆な行動を思い付いた。

「ありがと、シンジ」

 そしてアスカは行動を実行した。

 

 チュッ

 

 

 さて、シンジ君の頭のなか

(やったよ!ミサトさん! ざまーみろ!加持さん!)

 かなり荒れまくっていた(良くも悪くも(笑))

 

 その後………

 二人はとりあえず、こういう事態には頼りになる、であろう人物のもとへ行った。

 金髪美人の博士の分析によると、「マトリエル」と名のつけられた蜘蛛のような使徒との戦闘の際、その使徒から出された溶解液をガード役であったアスカは大量に浴びたわけであるが、その液には特殊な効果が含まれており、そのせいでひげが生えたということである。しばらくほっとけば直るそうである。シンジの「そんなもんですか?」という問いに「そんなもんよ」と実に科学者らしい回答が返って来た

 かくして二人の騒動は一応一件落着。シンジとアスカはまたもとの通りの生活をしている。あんな事件があったからといって特に二人の関係が変化するといったわけでもない。せいぜい、日曜日のショッピングの荷物もちからデートへと名称が変わったのと、「バカシンジ」と呼ぶときのアスカの口調からトゲがなくなったこと、それとキスの後にうがいをすることはない、ぐらいである。

まあ、あとは普段着ジャージのクラスメートに「なんや、夫婦喧嘩か?」とからかわれても、強く否定出来なくなったのもあるが。

 アスカは原因が分かり安心し、ひげの生えた初日当日以外は直るまでひげを剃っていたが、シンジは結局アスカが直るまで例のひげで押し通したということである。なかなかよい根性である。

 アスカは今回の事で人間のなれの凄さを知った。エヴァのパイロットは変わったヤツしかなれないというのは本当だと言うことになってしまったが。

 シンジはというと、「塞翁が馬」って本当にあるんだ、と全然別の事を考えていた。彼としては誰がどう思おうとどうでも良いことであった。彼女のためにやっていることだから。少し恥ずかしかったが。

 今日の二人というと……

「ねえ、シンジ……」

「な、なに、かな?」

 妙に猫なで声で少し不吉なものを感じたが、とりあえず聞く。

「今夜ハンバーグ食べた〜い」

 なんだ食い意地か。

「だめだよ、この前も食べたばっかじゃないか。また食べると太るよ」

「ぶう〜、シンジのくせに生意気よ〜」

 ほおをふくらませて抗議しているアスカを見て、そのかわいさにシンジはクスッと笑っていた。

いつも通りの二人でした。

 

<to be continued?>

 

 


<後書き(らしきもの)>

 難産でした。この作品は。(TT

 「ひげ」だからギャグにならんといけないでしょうけどね。すまんです。m(_ _)m

 最後の[to be continued]は続くわけではないのですが終わりでもない、ということでこうなりました。この二人はこれからだと考えると分かっていただけると思うのですが、どうでしょう?(^^;

ここまで読んでくださった方々、まことにありがとうございました。

少し変な電波のキている七奈篠 紺瞑でした


七奈篠さんありがとうございますー。\( ^ 0 ^ )

おおお、なんて良い話だー。ひげでこんな良い話が書けるなんてすごいッス。
シンジ君のアスカ様への愛情がびんびん伝わってきますねー。( T - T )ういー、良いッス

なんとアスカ様の為にマジックで変なおじさんになってしまうシンジ君。そのまま学校まで行くなんて良い男ですねー。アスカ様もきっと惚れなおしたことでしょう。( ^ - ^ )

ちなみに、タッチおじさんを思いだしたのはドラえぽんだけでしょうか。(笑)

エピローグの二人のやりとりも良いッスねー。甘えるアスカ様も可愛いし、シンジ君も頼りがいがありますね。これからの二人が楽しみです。

さあ、幸せな気持ちにさせてくれるひげを書いてくれた七奈篠 紺瞑さんに感想を書こー。\( ^ 0 ^ )うーん、しあわせだなー

 

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