すべての恋人達に、メリークリスマス・・・
Nerv E−2計画 テストルーム。
今日、惣流アスカラングレーは自分の仕事であるテストパイロットの仕事に従事していた。
昔とは違うLCLを使わないテストプラグの中、アスカは瞳を閉じ、集中している。
プラグの中を静かに流れるオペレーターの声。
『神経接続開始』
『シンクロ率上昇中』
『20%・・25・・・30・・40・・・・』
『ハーモニクス誤差収束』
『TE-02、起動します』
『各項目、異常、認められません』
『・・・・』
『・・・・・・』
すべてが順調に進む中、冷たいプラグの中でスピーカーから流れるオペレーターの声を聞きながら、アスカは何かを気付いたようにその蒼い瞳を開くと、上向き加減でふと呟いた。
「あ、そう言えば今日、クリスマスね・・」
●
オフィスのデスクの前。
碇シンジはいつものように事務仕事に専念していた。
周りも同じように慌ただしく動き回っている。年末進行の最中である。
街の喧騒にも似た活気がここには溢れている。その活気の中、シンジは黙々と仕事をこなしていく。
アスカが帰ってきた日と何ら変わることなく。
書類にペンを走らせながら、ちらりと腕時計を見る。
指している時間はPM4:50。
その時間を確認すると、手を休め呟く。
「そろそろ時間だな・・」
その時のシンジの眼差しは、まるでアスカが目の前にいる時のようであった。
「あれから、二人・・・」
-外伝-
〜二人のメリークリスマス〜
「そう。今の結果を保存してちょうだい。ええ、結構な数値だったから」
モニターを横目に見てスタッフに指示を与えながら、E2計画主任
赤城リツコ博士は壁の時計を見た。
その針はPM5:00を10分程前を指している。時計を確認し、再びモニターへを視線を移す。
そこには、二人目の正式テストパイロットであるアスカの姿があった。
彼女は日本へ帰って来て、後に正式なテストパイロットへ志願したのである。
モニターに映るアスカの顔は、いかにもリツコの口から発せられる「テスト終了」の言葉を待っているようであった。
今日が何の日かに気付くと、途端に落ち着かなくなってしまったようだ。そんなアスカを見て、彼女はふっと微笑むとモニターの横にあるマイクに向かって話し掛けた。
「どうしたの?早く帰りたいって顔してるわよ?アスカ」
昔とは全く違う口調のリツコの言葉を聞き、アスカは慌てて表情を引き締めるが、今更取り繕ったところでどうなるわけでもないので、率直に今の心境を語る。
『当たり前でしょ。何たって今日は・・』
スピーカーから流れるその声には、図星を当てられた事への少しばかりの不満を散りばめられている。
その声を聞きながら、リツコの心に少しばかりの悪戯心が芽生える。
「あら?今日は何かあるの?」
リツコのその言葉に、アスカの顔は乾いた笑い顔になるが、すぐに表情を変えて答える。
『リツコ・・アンタねぇ!』
アスカが声を張り上げる。その時、シンクロ率を示すメーターが少し上がった。
●
今日、シンジはいつもと違い、早々に帰り支度を進めていた。
まだ終業時間までは一時間余りある。彼にしては珍しいその姿を見て、一人の女子職員が声を掛ける。
「あれ?副主任。今日は早いですね」
シンジはその声に顔を上げ、いつもの柔らかな表情を浮かべて答える。
「ああ、今日はちょっと・・ね」
いつもは終業時間ぎりぎりまで仕事をしていて、いつもアスカにごねられている彼が、今日に限って早退と言う。
いぶかしげに思った彼女は、いつも彼の隣に居る、紅茶色の髪の彼女の事を聞いた。
「アスカさんはまだ上がってませんけど、良いんですか?」
彼女の口から出たアスカの名に表情を動かすと、少々狼狽したのかシンジは少し言い訳がましく答える。
「え?あ、ああ・・今日はちょっと一人で・・その」
やっとそう答えるその顔には、ばつの悪い笑い。
その笑顔を見て芽生える悪戯心。意地の悪い表情を浮かべると、彼女はシンジをからかう。
「もしかして・・アスカさんとケンカでもしたんですか?」
その言葉に驚いたような表情をすると、シンジは慌てて弁解。
「ちっ!違うよ!アスカとはうまくやってるよ!」
そう言った後、彼がふと周りに目をやると、楽しそうに彼を眺める顔が周りにあった。
彼は顔を赤らめるとそそくさと帰り支度を再開する。その間、周りは皆一様ににやけ顔で彼を見守っていた。
二人揃って、からかい甲斐がある。
慌てて帰り支度をする彼を見ながら、皆そう思っていた。
●
一刻後。
アスカはテストを終え、いつものようにシンジと帰るべくオフィスへ顔を出した。
今日はクリスマスだ。帰りに食事でもしようかと楽しそうに考えを巡らせながら入り口から顔を覗かせ、中を伺う。
が、いつもデスクにかじり付いている筈のシンジの姿がない。怪訝そうな表情を見せるアスカ。
「あれ?シンジ居ない・・」
彼女はそう呟き、周りを見渡しながら彼のデスクに近寄っていく。そこへ一人の女子職員が声を掛けた。
「あ、アスカさん。副主任ならもう帰りましたよ」
「え?帰った?」
「ええ。一時間くらい前に」
「あいつ・・今日が何の日かくらい分かってるくせに」
爪を軽く噛みながらそう呟いた時の彼女の表情は、置いてきぼりを食った事へのほんの少しの怒りと、彼が居ない事への寂しさが混ざり合ったものだった。
(あいつめ。アタシを置いてきぼりにして・・帰ったらみっちり絞ってやらなきゃ)
そんな事を考えながら、アスカはふと視線をシンジのデスクへ向けた。
彼女の目に、いつもそこで仕事をしているシンジの姿が浮かぶ。
と、その時。
デスクの上にルノーのキーと共に一枚の紙切れが置いてあるのに気が付いた。それを手にとり目を走らせる。
その紙切れには、こんな事が書いてあった。
−
悪いけど、先に行ってます。車を残していくので、後から車で来てください。−
「先に行ってます???約束なんてしてなかったし、何の事かしら??」
アスカはそう言うと、紙切れと共に置いてあったキーを取り、駐車場へ向かおうとした。
そこへ別の職員から声が掛かる。にやけた表情で。その様子は先程のシンジへのものと同じ。
「珍しいね。別々になんて。ケンカでもしたのかい?」
一瞬でアスカの表情が変わり、声を張り上げる。
「な、何バカなこと言ってんのよ!シンジとは上手くやってるに決まってるでしょ!」
そう言ってから、周りの様子にはたと気付いた彼女は頬を赤らめ、そそくさと部屋を出て行った。
出ていく彼女の背中を眺めながら、先程のシンジと同じセリフを言ったアスカに、やはり揃ってからかい甲斐があると皆が再認識した。
●
「ったく・・」
アスカは赤い顔で何やらぶつぶつと呟きながら、出口への廊下を早足で歩いていた。
「あのバカがアタシを置いてきぼりにするから、変に誤解されるんじゃないの。帰ったらホントに絞ってやるんだからね。見てなさいバカシンジ!」
と、怒りながら歩く。でもそれは、照れ隠しをするときの癖でもある。
そこへ、レイが通りかかった。彼女はアスカに気付くと、ふと立ち止まり不思議そうにアスカに声を掛けた。
「どうしたの?」
レイに気付いたアスカは、顔を上げる。
「え?ああ、ファースト。あんたも帰り?」
「ええ。それよりも今日はどうしたの?一人なんて。碇君と喧嘩でもしたの?」
優しげにそう聞くレイ。
そんな彼女にアスカは少々呆れ顔。
「はぁ・・あんたまで、そう言う事言うわけ?」
「?・・違うの?」
「違うわよ!ったく」
「そうなの?」
「・・・あんた、わざとやってない?」
「?」
オフィスでの騒ぎを知らない彼女は、アスカの言葉に首を傾げた。
アスカは噛み合わない会話に、がくっと大げさに項垂れる。
「はぁ・・もういいわ・・行くわよ」
レイはまだ訳が分かってないらしく、まだ不思議そうにアスカを見ながら付いていった。
廊下を進む間、アスカはまだ不機嫌そうにしている。少し進んだところで、またレイがアスカに問い掛けた。
「アスカ?」
「なによ?」
「本当にどうしたの?」
アスカはそう言うレイに不機嫌そうに目を向ける。
だがレイのその目は先程とは違い、本気で心配しているように見えた。
「ホントに喧嘩なんてしてないわよ。あいつがアタシに黙ってさっさと帰っただけ。ったく、なに考えてるのよ。あのバカ」
「そうなの」
どうやら喧嘩ではないようだったので、レイの表情が安堵の色を見せる。
レイは、いつも帰りのこの廊下で楽しそうにやり取りしている二人を見るのがたまらなく好きなのだ。
それだけに、いつもと違いそれぞれが別々に帰ろうとしていたのが、純粋に心配だったのである。それが分かったから、アスカも噛みつけないのである。
そして、そんな彼女についつい甘えて愚痴もこぼしてしまう。
「ちょっと聞いてよ。あのバカ、自分のデスクに書き置きだけ残して自分はさっさと帰ってるのよ。用事でもあるんなら分かるけど、今日は別にそんなの無かったし。まったく、今日が何の日かくらい知っておきなさいってのよ」
「そう言えば、今日はクリスマスね」
「そうよ!クリスマスよ、クリスマス!せっかく今日は帰りにどこかへ寄って二人で食事でもしようって思ってたのに、あのバカシンジィ!」
握り拳を掲げながらそう悪態を付くアスカ。いつの間にか、からかわれた事への照れ隠しから、先に帰ってしまったシンジへの不満にすり替わってしまったようで、すっかり拗ねた口調に変わっていた。
その様子を、レイはどこか嬉しそうな、楽しそうな表情を浮かべて聞いている。
「あーあ、あんたは良いわね。しっかりした旦那が付いてて。今日は帰ったら二人でどこか行くんでしょ?」
彼女は話題を変えるかのようにそう言うと、レイの方へ目を向けた。
すると、レイは恥ずかしそうに頬を染め俯き小さく答えた。
「ええ・・」
「どこ行くの?」
「さあ?わからないの・・」
「わかんないって・・」
「教えてくれなかったから」
彼女の一語一区に答えるごとに、恥ずかしそうに小さくなっていくレイ。
もう結婚して何年か経つと言うのに、いつも新鮮な反応をする。
アスカはそんな彼女に、この娘も随分変わったわね
などと思っていた。
「ふーん、そうなんだ」
「ええ・・」
「でもま、あの人のことだからまた何か気障なこと考えてるんだろうけどね〜」
そう言って、相変わらず恥ずかしげに俯いているレイに、アスカは悪戯っぽくクスリと笑った。
レイをしっかりと受け止めている、ちょっと不器用だが気障な所のある彼女の夫の事を思い浮かべながら。
●
そうこうしている内に、二人は駐車場へ着いた。
「じゃあね」
アスカはレイに向かって軽く手を挙げると、手の中でキーを弄びながらシンジの青いルノーの方へ。
「ええ。それじゃ」
レイもアスカの言葉に軽く頷くと、彼女の愛車である薄い黄色のフィアット500の方へと別れていった。
ダム!
アスカはルノーに乗り込むと、キーを差しパワーをオンにする。
しばらくの間、各ワーニングが点灯して消える。
センターコンソールに収まっている2DINタイプのカーナビから、いつものように音声アナウンスが入り彼女はルノーを走り出させる。
駐車場を抜け、ゲートを抜けると、いつもと違う方向へ案内する音声が入った。
「あれ?」
アスカは訝しげに思い、一端ルノーを道の脇に寄せると画面を操作して、マップの確認をする。行き先の検索をすると、全然見覚えのない場所に向かって案内するようにセットされているのが判った。
アスカの表情に怪訝そうなものが浮かぶ。
「なによ?これ・・どこに行かせるつもり?」
終点の辺りを拡大表示させると、そこには海に面したある場所が表示されていた。
アスカは記憶の糸を手繰り寄せるが、彼女がシンジと共にそこへ行った記憶はない。彼女は怪訝そうな表情のまま、走り出す。
・
・
「なに考えてるのかしら?あいつ・・」
アスカは走りながら、何度目かのその台詞を口にした。今日はどうにも判らないことがいくつもある。
まずは、いつもは一緒に帰るのに、彼女が上がる一時間も前に一人で帰ってしまったシンジ。
次に、一緒に何処かに行く約束や、彼からの言葉も無かったのに、『先に行ってます』と書いた書き置きしていたこと。
更には、行ったこともない場所への案内ルートを設定してあるカーナビ。
何度考えても、彼女には納得のいかない事ばかりであった。
今は彼女の操るルノーも、状況の変化に乏しい高速道路を走っている。だから余計にこの事に考えてしまうのであろう。
が、再び同じ事を考えようとして、ついに痺れを切らしたようだ。
「あ〜、もう、やめやめ!行ってみれば判るわよ!行ってみれば!」
そしてアスカは、アクセルを少し強めに踏み込んだ。
何となく感じている、少しばかりの期待感を込めて・・・
●
軽いドライブにしては長い距離を走って辿り着いたのは、海が一望できる小高い丘の上にある一件のペンション風のレストランであった。
敷地の入り口にある小さい案内板には、『本日貸し切り』と書いてある。
その案内板を車内から一瞥すると、その前にルノーを止めて、アスカはウィンドウから顔を覗かせる。
「・・・ここよね」
そう呟いてもう一度案内板を見る。カーナビにも視線を走らせる。
確かに目的地はここだ。
ゆっくりとルノーを敷地内へ乗り入れて、入り口の前に停める。
ドアを開け、車内から降りてその外観を眺める。
周りにも首を巡らすが、他に車などは見当たらない。
訝しげにも思いながら、アスカはドアを開け中を伺った。
そこには、ウェイターのユニフォームに身を包んだシンジの姿があった。
「え?」
彼のその姿に少し驚いたような表情を浮かべるアスカ。
次の台詞が見つからず、呆然とシンジを見つめる彼女に彼は深々と頭を下げ、声を掛ける。
少しの悪戯心と共に・・
「いらっしゃいませ。本日ご予約の惣流アスカラングレー様でいらっしゃいますね。伺っております。こちらへどうぞ」
まだアスカは立ち直ってないようだ。蒼い瞳をぱちくりとしながら立ち尽くしている。
ウェイター姿のシンジに誘われ、中へ招き入れられる。その間、彼女の目はシンジに釘付けになっている。
いつもと違い、少々立ち直りの遅いアスカに、シンジがいつもの仕草で話し掛けた。
「驚いた?ごめんね、アスカをびっくりさせようと思って・・」
「え?・・あ・・シンジ?」
「そうだよ。判らなかった?」
アスカはその言葉には応えずに、突然シンジの襟首を掴んで強引に引き寄せそのまま唇を重ねる、と言うより押し付ける。
「!!んん・・ん・・・な!」
「あんたの期待通り、びっくりしたわよ!バカシンジ!」
そう言ったアスカの表情は、輝きと安心に満ちていた。
●
アスカは窓際の席に座り、俯き加減にテーブルの上のキャンドルを見つめていた。
窓の外はもう暗くなっているので、照明を落とした店内は暗い。だが、各テーブルのキャンドルが、店内を良い具合に照らしている。
流れるBGMもありきたりの有線放送ではなく、シンジが好んで聞いているクラッシックの中から選りすぐったものが静かに流れている。
その中、窓際に座っているアスカの姿がガラスに反射していた。
そこへウェイター姿のシンジが、自らの腕を振るった料理を運んでくる。かなり気合いを入れて作ったのであろう、どれを取ってもプロの料理に見劣りするものはなかった。
もちろんそれは、味の方も同様であるのは言うまでもないだろう。
もっとも、彼がアスカの為に作るものに手を抜いたことなど無いのであるが。
いくつかの皿がテーブルに並ぶと、今度は傍らにあったワインの瓶を手に取り、少々不慣れな手つきで二つ並べたグラスに注いでいく。
心地よい音を立てながら、アスカの色のワインが注がれていく。
その様子を眺めながら、アスカはシンジに声を掛ける。
「本日貸し切りって書いてあったけど、よく借りられたわね。今日は稼ぎ時なのに」
ワインを注ぎ終わり、彼女の前にグラスを置きながら彼も答える。
「うん。この店、僕の前の会社の知り合いが脱サラで始めたんだけど、その人、最近結婚してね。結婚して初めてのクリスマスだからって夫婦揃って旅行に行っちゃったんだ。それで、それを聞きつけた僕が相談して、貸してもらったんだ」
「ふーん・・そうだったんだ」
シンジは彼女の向かいに座ると、グラスを手に取り軽く掲げる。アスカもそれに習い、同じようにする。
見つめ合う二人の間で、小気味よい音を立ててグラスが触れあった。
チン・・
一口、二口、ワインを口に運ぶ。
そしてアスカが口を開く。
「それにしても黙ってるなんて、シンジも人が悪いわね。一言言ってくれればもっとお洒落してきたのに・・」
「別に肩肘張るつもりなかったんでさ。それで・・」
「もう!そう言うところは、まだまだ朴念仁ね。そう言うのは雰囲気の問題でしょ?」
「そっか・・そうだね。ごめん。今度はちゃんと教えるよ」
彼のその言葉に、アスカは軽く微笑みながら料理に手を付ける。
シンジはその様子を見つめている。初めて作ったものも料理に含まれているので、少々不安なのだろう。
「これ、初めて作ったみたいね」
「うん。どう?」
その眼差しの前、アスカは料理を口に運ぶ。瞳を閉じ、よく味わってからの素直な感想。
「やっぱりアタシ、シンジには料理だけはどうやっても敵わないみたいね」
その言葉に明るくなるシンジの表情。
美味しそうに料理をよく味わっている彼女を見ると、自分も料理に手を付け始める。口に運び、軽く頷きながらゆっくりと味わう。
「よかった・・上手くいった」
彼のその言葉に、アスカは笑みを浮かべながら話す。
「なによ?自信なかったの?」
シンジは照れながら答える。
「ちょっとね。初めて作ったのだから」
「じゃあ、アタシはお毒味役ってわけなのね」
戯けたアスカの言葉。
慌てるシンジの言葉。
「ちっ、違うよ!そんなことないよ!」
「ふふ、どーだか」
絶妙に噛み合っている二人の会話。
心の中を楽しさと愉しさが広がっていく。
「あ、これ美味しい。アタシの好みにぴったりだわ」
「じゃあ、また今度作るよ」
心の壁の無い事の嬉しさ。
時間を忘れ、ただただ会話を楽む。
今日は二人に、いや、恋人達に取って少し特別な日だから・・・
●
食事を終え、二人はくつろいでいる。
食べ終わった食器はそのままに。
いつもならすぐに片付けるのだが、今日はやめにした。
明日、目が覚めたら二人で片付けよう。
そう決めた。
折角のクリスマスだから。
酒も変えた。
アスカはブランデー。
シンジはロックのウィスキー。
それぞれがグラスを片手に、窓際に移動した待合い用の長椅子に寄り掛かるように腰掛けている。
アスカの手は、シンジの太股に何気なく添えられて、その上に彼の手が重ねられている。
二人の視線は暗くなった海へ。時折、白い波が水面に浮かび上がる。
そんな風景を、二人は何も話さずにただ眺めている。音楽はもう止まっていて、辺りには微かな風の音と波の音が漂う。
暫くの間、そうして窓の外を眺めていた二人だが、不意にアスカの手がシンジのスラックスの布地を握り締める。
彼はアスカの方へ視線を向け、『どうしたの?』と言った表情をした。その視線を感じたが、アスカの視線は海の方へ向けられたまま。
「なんだか、怖いね」
「・・怖い?」
「うん。こうやって暗い海を見てると、なんだかこのまま引きずり込まれそうな気がして・・」
アスカは彼の肩に頭を寄り掛からせると、そう答えた。
重ねられているシンジの手が、彼女の手を包み込むように握る。
その温もりを噛み締めるようにアスカは瞳を閉じ、今度は体を寄り掛からせる。
シンジは彼女の肩に腕を回し、いつもよりきつめに抱き締めた。
その時の彼の瞳は・・・
−大丈夫、僕が守るから。アスカは何も心配しなくていい−
そう語っていた。
その無言の言葉に、アスカの視線が彼の瞳を捕らえる。
今の外と同じような黒。でもその黒には、安心感と優しさと力強さを感じる。
彼女の心が何か温かいものに包まれていく。
思えばいつの間にこの瞳の虜になってしまったのだろう?
吸い込まれそうな彼の黒い瞳を覗き込みながら、アスカはそんなことを思っていた。
見つめ合っていた蒼と黒の瞳。
しばしそうしていたが、不意にシンジが何かを感じその視線を窓へと動かした。
その視線の先・・・
暗い海に、ちらちらと雪が舞い降りてきた・・・
それは、不思議な光景だった。
光一つない暗闇に、白い綿のような雪が舞っている。
暗闇に舞う、天使の羽根のように。
二人のこころが神聖な想いになっていく。
その光景を見つめながら、シンジの喉からメロディが紡ぎ出される。
・・Asuka, I call your name into the air every moment
You'll never know how much I wanted
Just one tender touch・・・
これは彼が一人の時に、あるアーティストの歌をシンジが歌詞を変えて歌っていたもの。
最初この歌を聴いたとき、なぜか別れ際のアスカの顔が浮かんで、それ以来彼は一人の寂しさを紛らわすために好んで歌っていた。
・・I can't go on without you But I know you have to go
Asuka,I call your name into the air, Asuka・・・
淀むことなく紡ぎ出されるややハスキーの掛かった歌声。
彼の歌う歌詞にこころが乗って彼女のこころに届く。
アスカは身じろぎ一つせずに、彼の胸で瞳を閉じ、耳を傾けている。
歌いながら、シンジの頬に涙が伝う。
アスカの居ない時間を思い起こしているのだろう。
アスカは自分の頬に彼の涙がこぼれ落ちたとき、目を開け彼を見つめる。
言葉などある筈もない。
ただ黙って彼の涙を指先ですくい取ってやる。
・・Asuka. I call your name into the air every moment...!
You'll never know how much I wanted
Just one tender touch
Asuka.......
歌が終わり、ゆっくりと静寂が動き出す。
どちらからともなく顔を寄せ合い、静かに唇が重なる。
そして、同時に紡がれる言葉。
「「・・・・・メリークリスマス」」
BGM:
ShogoHamada「MARIA」
「あれから、二人・・・」 −外伝−
〜二人のメリークリスマス〜
THE END
This Novel Written
From 未神 瞬
劇中の歌「我が心のアスカ」:浜田省吾「我が心のマリア」から一部引用。
作者に対するご意見、ご感想はshun-geboku@nerv.vip.co.jpへ。
未神さんのHPへ戻る
(注)この作品は、未神さんのHP「ぴゅああすか!」のクリスマス企画に応募して頂いたものです。未神さんの名作「あれから、二人・・・」を読むとより楽しめます。
未神さん、クリスマスプレゼントありがとうございましたー!!\(
^0^ )/
うーん、シンちゃんってばだましのテクを使うなんてかっこいいですねー。それに素直に引っかかってくれるアスカ様も可愛くてナイスです。
つらい過去を乗り越えてきた二人の、磨かれた愛が美しいですね。
さあ、こんな素晴らしい作品を書いた未神さんに感想をおくろー!
◎感想用フォームです。2,3行の感想でも作者さんは嬉しかったりするのだ。